死神
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なにとぞ……なにとぞ……。
急ぎ足で声のした方へと向かうと、そこには何やら怪しげな法衣を纏った男たちに包囲された、長耳白髪の少女がいた。
「……やめて、く、ください……」
「おとなしくしろっ! でないと、こうだぞ!」
男の中の一人が短剣を突き出す。
「ひっ……」
少女は押し黙ってしまう。
別の男が何やら手枷のようなものを取り出し、それを少女の腕にはめようとした。
あれはただの手枷ではないな。
呪術的な力を感じる。
「そのくらいにしておけ」
力を込めて一人の男の肩を引く。
無警戒だったのか他人に目撃されたのがまずかったのか、男はビクッと飛び上がってこちらを睨んだ。
「貴様……、何者だ!」
「通りすがりの勇者候補だ。怯えているだろう、やめるんだ」
「……あ、危ない、です……!!」
少女が俺の背後を指差して言う。
直後、後ろから脇腹辺りを狙って短剣が突き出される。
この程度の刃で俺に傷つけられるはずもないのだが、一応人間に擬態している手前迂闊な行動は避けるべきだろう。
俺は半身に捻って切っ先を躱すと、即座に短剣の側面を殴りつけて吹き飛ばした。
ちょうどダーツの要領で壁面に突き刺さる。
短剣を持っていた男は驚きを隠せないようで、未だに空を切った自らの手元を見つめている。
見ると、どうやら少女を取り囲んでいる男の仲間らしい。
同じ意匠の衣装を身に纏っている。
組織的に彼女を狙っていたのだろうか。
俺は素早く男たちと少女の間に割って入る。
「……た、助けて下さい、です……!」
「言われずともそのつもりだ」
短剣を構えた男たちが一斉に飛び掛かる。
ここは彼女を護ることを優先したほうがよさそうだ。
包囲されていた俺は少女を抱きかかえると一気に跳躍し、男たちの頭上を飛び越えて着地した。
「何ッ……!」
「退け。お前たちに勝機はない」
何度も言うが俺は無駄な殺生に興味はない。
避けて通れるなら避けて通る主義だ。
「なんだとこのォ!」
先ほど背後から奇襲を仕掛けてきた男が壁から短剣を抜き、単身突撃してくる。
「……簒奪剣リトフィウス」
俺は一息つくと、向かってくる男の首筋を居合で斬った。
意識を奪われた男はそのままの勢いで前のめりになり突っ伏す。
「もう一度言う、退け」
「……退くぞ」
リーダー格と思しき男の一声で男たちは一斉に退散していく。
「今は見逃してやろう……。貴様のその寿命、必ずや貰い受ける」
少女を指差して男は言うと、斬られた男を残しそのまま去っていった。
斬られて意識不明というのは、通常死を意味するからな。
しかし、仲間の遺体すら回収しないというのは何とも薄情なものだ。
当の少女はというと、俺の後ろに隠れて小さくなっていた。
「……お、お強いんですね……。あ、ありがとうございました、です……。で、では……」
そう言って、少女は怯えたように歩き去ろうとする。
「行く当てはあるのか?」
「……い、いえ、ありませんけど……。これ以上はご迷惑、です……」
そう言ってまた歩き出す。
よほど酷い目にあってきたのだろうか、その身体はぼろぼろで、恐らくは純白だったであろう衣服は泥にまみれて汚れていた。
彼女は全てに怯えているようで、その様は捨て猫を連想させた。
「迷惑なことはない。それよりも、不用意に出歩いてまた襲われるほうが助けた甲斐もなくなるというものだ。話すだけで楽になることもある。もっとも、言いたくないことまで聞くつもりはないが」
「……は、はい……。じ、実はわたし、エルフなんです……」
なるほど、確かに人間にしては耳がやや長いな。
しかし、閉じたコミュニティを持つエルフがなぜ人間の王国にいるのだろうか。
エルフが単身で行動するということは聞いたことがない。
好奇の目に晒されたであろうことは想像に難くない。
「人間ではないことを気にしているのか?種族などという枠組みで物事を捉えるのは実に下らぬことだ。あまり気にするな」
もっとも、かく言う俺は魔族なのだが。
「……そう、ですか……。そのように言ってくれたのはあなたが初めて、です……」
少女はそう言って下を向くと、ぽつり、ぽつりと涙を流し、次第にダムが決壊したかのように泣き出してしまった。
見たところ、10代前半といったところだろうか。
俺より若いであろうその身に何が起きたのか定かではないが、きっと辛い経験をしたのだろう。
最も正しい力の使い方は何か。
それは、困っている人を助けること。
慈愛の心は人を正しき道に導いてくれる。
母上の言葉を反芻し、俺は少女に歩み寄る。
「泣きたいときは泣けばいい」
そう言って、俺は少女を抱きしめる。
泣きはらす彼女の身体はとても冷めたくて、春風吹く桜の季節とは思えぬほどに寒そうであった。
ひとしきり泣いた後、少女は何か心に決めた様子で俺を真正面に見据えて言った。
「……どうか、どうか、わたしの家族を助けてくれませんか……?」
問いに対して、俺は即答する。
「いいだろう」
「……そうですよね……、えっ……!?」
少女は面食らったように大げさに仰け反り、不安と安堵の入り混じった顔をした。
「事情は知らないが、お前の家族はお前も含め俺が助けよう。デュリックだ」
俺は少女に手を伸ばす。
場合によっては勇者選定に参加できなくなるだろうが、それでいい。
俺は俺の手が届く者は全て救うと決めている。
魔族だろうが人間だろうがエルフだろうが、それは変わらない。
勇者にならねば故郷を救えぬという訳ではない。
しかし、彼女の家族は今現在も危機に瀕しているのだろう。
であるならば、どちらを優先すべきかなど考慮するに値しない。
……後になって後悔しても遅いこともある。
「……そ、そんなに安請け合いしないで下さい……! きっとさっきの恐ろしいやつらとまた戦闘に……」
「あの程度敵ではない。重要なのは、俺の目の前に困っている者がいるというその事実だけだ」
俺は半ば強引に彼女の手を掴み握手の形を作った。
「お前がその気ならば、俺は神にだって反逆してみせよう」
彼女は数瞬悩み、そして俺の手を握り返してきた。
「……あなたの強引さはよくわかりました……。どうか、どうか、よろしくお願いします……! リリー、です……。リリー・エスピリテ……」
リリーと名乗ったその少女の顔がほころぶ。
「任せておけ。この誇り高き名に誓って、お前の家族を救おう」
俺も笑顔で語りかける。
「……ありがとうございます、です……」
そう言って、彼女はまた泣き出してしまった。
しかし、その顔は先程と打って変わって喜びで満ちていた。
安心したのだろうか、先ほどまで強張っていたその小さな身体はいつの間にか解れていた。
冬が終わり、雪が解けたかのようであった。
「家族の居場所に心当たりはあるのか?」
リリーは困り顔で言う。
「いえ、それが全く分からないのです……。故郷でさっきの男たちの仲間に集落諸共攫われてきたのですが、両親が隙をついてわたしだけ逃がしてくれたのです……。きっとさっきの奴らのアジトかどこかに連れて行かれたのだと思うのです……」
「そうか、それなら丁度都合のいい奴がそこに倒れているな」
俺は放置された意識不明の法衣の男を指差す。
「えっ……。彼はあなたが殺して……」
「いや、殺してはいない。俺が斬った首筋を見てみろ」
そこには傷跡ではなく、簒奪剣特有の禍々しい靄が残っていた。
「ひゃっ……!な、なんですか、これ、です……!」
「この剣の能力でな。斬ったものの何かを『奪う』ことができる。こいつからは意識を『奪った』」
俺はそう説明すると、倒れている男の傍らに立つ。
「今からこいつに命令してアジトの場所を吐かせる。他人に見せるようなものではないのでな。あまり言い触らさないでくれ」
俺は釘を刺し、右腕の力を抜く。
ぶらり、と垂れた俺の右腕から瘴気が溢れ出す。
「えっ」
「――死神の右腕――」
ズゥン、と衝撃が発生し、右腕が男の胸部を貫通する。
「きゃーーー!!!」
リリーは目を手で覆ったが、怖いもの見たさだろうか、しばらくして俺のほうをちらりと見た。
「……な、なにをしている、です……?」
「俺は今、この男の魂を直接掴んでいる」
ぐしゃり、と醜悪な音がして、痛みからか男が一瞬意識を取り戻す。
「う、うがああぁぁ!!!! あっ……!! あっ…………」
「跪け」
関所の兵士同様、男は起き上がって即座に頭を垂れる。
「このようにして命令することができる」
「か、かわいそう、です……」
内心引いたような表情をされた。
敵の下に人質を残すような真似をする奴らが悪いのだ。
俺は少しも悪くない。
俺は男に向き直ると、改めて命令を下す。
「お前たちのアジトの場所を教えろ」
「く、り、ふぃー、ど、う、く、つ……」
俺に魂を支配された男がうめくように答える。
「クリフィー洞窟、か。リリー、知っているか?」
突然名前を呼ばれて驚いたのか、少し赤い顔をしてリリーが答える。
「……ク、クリフィー洞窟、ですか……。それって確か勇者選定の会場、です……」
選定の会場、そう来たか。
出来レースの件といい法衣の男たちの件といい、裏に何か隠れていそうだな。
王国の闇は深そうだ。
「そうか。今すぐ洞窟に向かってもいいが……」
俺は奇妙な月を眺める。
「もうすぐ10時か。選定が始まるな。少し気になることがある。リリー、俺と一緒に選定に出場してくれないか?」
「わ、わたし、戦力になんてなれませんよ……?」
「それは問題ない。俺一人で十分だ」
「それもそう、です……」
「しかし、選定には色々と黒い噂があるようでな。リリーの家族の件と何か関係があるかもしれぬ」
「そ、それでしたら、喜んでお供します、です……!」
「よろしく頼む。行こうか」
「はい、です……! それはそうと、あの禍々しいやつはやっぱり人前で見せないほうがいい、です」
「やはりそうか。俺もそう思ってはいるのだがな。使わざるを得ない場合もある」
「まるで魔王様、です……」
リリーは少し嬉しそうに言った。
「よく言われる。俺は勇者候補のはずなのだがな」
俺とリリーは中央広場へ戻ることにした。
陰でひしめく王国の闇を肌に感じながら。
自称勇者候補男性(18)




