魔族
茂みの影に、二人分の姿が見え隠れしていた。
「デュリックが負けた……、のか……?」
「そ、そんな……」
二人は戸惑いを隠せなかった。
というのも、デュリックの敗北はもちろん意外であったが、それ以上に、彼らにはその戦闘がよく見えていたかったからだ。
あまりに目まぐるしく変わる戦局。
転移を繰り返す二つの影。
空中を爆音と共に右往左往する数多の矢。
それらの放つ神々しい光全てが一度に押し寄せ、膨大な情報量となって彼らの目に飛び込んできたのだ。
故に、彼らはなぜデュリックが倒れたのか、理解できなかった。
しかし、何が起きたのかは理解できずとも、赤髪の大天使が口にした「死」という言葉の意味は、十分すぎるほどに理解していた。
そして、デュリックが負けたのは彼女のだまし討ちが原因であるということも。
「そこの二人! 出てきなさいッ!」
ルージュはそう声を上げ、ばつの悪そうな顔で茂みを指差した。
リリーとエヌスは混乱覚めやらぬまま、顔を出す。
「デュリックは……、死んでいる、のか……?」
「ええ、まぁそうね」
彼女は淡々と事実のみを告げる。
デュリックは仰向けに倒れ、微動だにしなかった。
彼女は彼らに向かって一歩踏み出した。
「く、来るなら来い! 卑怯者め!」
「う、受けて立ちます、です……!」
エヌスは槍を、そしてリリーは魔法を構える。
「下手なことは考えない方がいいわ。彼との戦闘を見たでしょ? あなたたちに勝ち目はない。それにアタシ、あなたたちには興味がないのよ。神様に言われて杖を取り返しに来ただけだからね」
彼女は心底興味なさげに二人を見つめる。
事実、二人に勝ち目はなかった。
彼我の距離はたかだか数十メートル。
しかしそれでも、一ノ矢を躱す術すら持たない彼らにとって、その距離はあまりに大き過ぎた。
「そう警戒しないでよ。アタシ、これでも大天使なのよ? 何も下界の生物をいたずらに殺す趣味なんてないんだから」
「その割にはデュリックを、こ、殺したじゃないか!」
エヌスが吠える。
「正確には仮死状態みたいなものよ。まぁ、そこらの治癒方法じゃ回復できないから、ある意味では封印というのが正確かしらね。いずれにしても、あれが強すぎるのが悪いのよ」
彼女は地に伏すデュリックを一瞥した。
彼女の額には脂汗が浮かび、その顔は苦々し気な表情に埋め尽くされていた。
「そのせいで奥の手まで使わされたわ。このままじゃ杖も取り出せないし、神様にどうにかしてもらうしかないじゃない」
彼女は心底困った様子で言う。
「デュリックを連れて帰るのか……?」
「まぁそうね。それにしてもあれ、何なの……? とんでもない化け物じゃない。多分まだ本気出してなかった……。四ノ矢にすら初見で反応されかけてたわ……。ねぇ、一緒にいたあなたたちなら何か知ってるんじゃない……?」
彼女は言いながら自身に回帰魔法を発動させ、翼の傷、そして蹴り飛ばされた際の傷を修復した。
「デュ、デュリックくんは勇者さん、です……」
リリーが俯きながら応える。
「それは知ってるわよ。そこにある聖剣はどう見たって本物の神器。それをあそこまで完璧に扱えるのは勇者の他にいないわ。アタシが言いたいのはそうじゃなくて……」
「デュリックは本当にただの人間なのか、ということか」
エヌスは覚悟を決め、その言葉を口にする。
彼はつい先ほど、シャリテはデュリックよりも強かっただろうと発言した。
しかしその感想は彼らの戦闘を見た今、揺らぎつつあった。
確かにシャリテは強かった。
魔法を自在に操り、剣の腕は超一流、あらゆる武術に精通する上、魔力量はかの魔王にも匹敵すると言われていた。
彼はシャリテの凄まじい戦闘能力を幾度となく目にしたことがあったし、そうした武勇伝の数々が紛れもない事実であることを人一倍知っていた。
だが、シャリテのそれは美しく、完成された強さだった。
戦う前から既に勝敗は決しており、戦うまでもなくシャリテの方があらゆる敵よりも強かった。
圧倒的なまでの実力。
しかし同時にそれは、シャリテに成長の余地がないことを示していた。
故に、シャリテは魔王に敗れたと言えるのかもしれない。
対して、デュリックはどうだっただろう。
彼の実力がシャリテ同様、人智を超越した所にあったのは言うまでもないが、底知れない探求心と、それに伴った著しい成長速度。
加えて、先ほど小耳に挟んだ彼の言を信じるならば、魔力量は魔王よりも多いらしい。
魔王と同程度と謳われたシャリテのそれよりも多いということになる。
いや、そもそもおかしいのだ。
エヌスはさらに思考する。
田舎出身の剣士だと名乗る少年があぁまでも魔法に長け、ましてや勇者候補筆頭とまで謳われたライツに正面から打ち勝ってしまうなどあり得ない。
更に言えば、彼はあの辺境のラント村出身だという。
だが、あそこは万年不作の不毛の土地。それにしては身なりが整いすぎている。
また、彼は聖剣すらも手なずけて見せた。
まるでシャリテの再来と言わんばかりの戦士だが、その本質はシャリテのそれよりいくらか邪悪で、どこかずれているような印象を受ける。
「……魔族?」
ふとそんな言葉が口をついて出てきた。
「奇遇ね、アタシもさっき同じ事思ってたのよ。変異個体じゃないかってね」
ルージュもそれに同調する。
「変異個体……?」
「あぁ、君たちの言う”魔族”の事よ。そもそも魔族って――」
――彼女がそう言いかけた瞬間、場の空気が凍った。
その場にいた誰もが、何もが、指先一つ動かせなくなった。
時が止まったようであった。
月は陰り、風は凪ぎ、草木は枯れるように眠ったふりをした。
恐ろしかったのだ。
誰もがそれを見ることが、たまらなく恐ろしかったのだ。
数瞬の後、ルージュは大きく身を震わせながらも飛びのいた。
恐怖に固まったエヌス、そしてリリーの傍らに合流する。
こんなものに背を向けていたのか、と彼女は戦々恐々の思いだった。
彼らの視線の先には、雲間からこぼれた一筋の月光に照らされ屹立するデュリックの姿があった。
否。
それはデュリックではなかった。




