幕間 灰桜色
「失礼します。リスト様、あなたのご慧眼通り、例のブツが山間の関所にて発見されました」
フィーネ王国王都。
王城に併設された一部屋に、神妙な面持ちの兵士が何かを持って入室した。
「あぁ、お疲れ様です。やはりそうでしたか。これでまた一歩、人類は詰みに近付いてしまったようですね」
落胆のため息と共に、リスト・ゲヒルン第一兵団長は振り返る。
数ある兵団の中でも特に国内の治安維持という、平時における最重要事項を司る第一兵団。
その長である彼に与えられた執務室は、他の兵団長のそれとは一線を画す異様な空気感を帯びていた。
備え付けの本棚が壁面一杯に聳え立ち、床には気品を感じさせるワインレッドのカーペットが敷かれている。
本の内容も幅広く、歴史書、数学書に始まり魔術書や農業書、兵法に至るまで種々様々なジャンルが取り揃えられている。
そんな、一見すると貴族が趣味でこさえたような部屋の中心に置かれた机の前で、リストは腕を組み唸っていた。
机上に置かれたチェス盤を睨み、重い口を開く。
「いえ、人類は元より詰んでいたのでしょう。この世界のパワーバランスはそうなるように造られていたのです」
リストは盤上の白の歩兵を掴むと、それを前方へと一歩進ませた。
白の女王は欠けており、また歩兵の数は極端に少ない。
対する黒の軍勢は強固な守りを固めており、一見して隙がないようだった。
「リスト様、それでは白の歩兵が動けません。プロモーションしなければ」
見ると、確かに歩兵は盤上の端にたどり着き行き場を失っている。
「いえ、これで良いのです。というより、これ以上私には触れないというのが正確でしょうか。この駒は元より、白の歩兵などではなかったのですから」
「では、私が」
兵士は盤へ近付くと、先ほどの歩兵を黒の女王へプロモーションさせようとした。
しかし、黒の女王は未だに盤上で生き残っている。
「これを」
彼はリストの差し出した白の女王を受け取ると、歩兵と入れ替える。
「それにしても、オスクルにはやられましたよ。せっかくの仕込みをふいにされてしまいましたからね。あれさえなければ、事実確認も幾ばくか早くに済んだでしょうに」
リストは憎々しげに黒の騎士を見つめる。
「ははは、まぁオスクル様のことですから、確信犯ですよ、きっと。あの方はそういうお方ですから」
兵士は苦笑いしながらそう応えた。
「ただ――」
――ガシャン。
駒が全て床に散らばる。
チェス盤はリストによってひっくり返されていた。
「――こういう事をしたい連中もいるようですので」
リストは兵士に向き直ると、改めて何やら指示を出した。
兵士は扉を開け、部屋を出ようとする。
「まぁそれはそれとして、デュリック君とは今後も良好な関係を築いていきたいものです」
「……今何と?」
「いえ、ただの独り言ですよ」
兵士は何も聞かなかったと自分を納得させ、業務に戻るのだった。
部屋には何か考え事をしながら手紙をしたためるリストと、灰桜色に染色された付箋大の紙のみが残されていた。




