四ノ矢
俺の掃射した矢を躱し切れないと判断したのか、ルージュは落下する自身の真下にちょうど身長程度の穴を展開した。
「ふむ、流石の展開速度だな」
俺の放った矢は空を切り、ルージュは地上にて姿を現す。
「人間に傷付けられるなんて……。恥にもほどがあるわ……!」
彼女は唇を噛む。
しかし、俺が再度放った矢を回収、射出する準備をしていることに気が付くと、全速力で大地を駆け出した。
「どうした? 逃げるだけでは埒が明かぬぞ」
「うるさいわね! こっちにだって作戦ってものがあるのよ!」
なおも大地を駆け抜ける彼女は、俺の射出した矢の悉くをすんでのところで回避する。
よく見れば、先ほどまで淡い光を放ち輝いていた、弓についた宝石が今は光っていない。
あれが増殖の前準備だったとするならば、あの四つの宝石が矢の数字の変化に関係していたのだろうか。
そう言えば俺が先ほどから無造作にルージュへ向けて掃射しているこの矢だが、彼女の能力の一部であるはずにもかかわらず、俺の操作に対して一切の介入がないな。
この矢自体はあくまで自然法則に従順な物理現象で、それを操作するのは完全に後付けの真四次元移動のみだったということか。
神器などと大仰な名が付けられている割には面倒な制約が多いのだな。
それで言えば聖剣などその最たるものであるし、存外神の権能とやらもバランスの取れた能力なのかもしれぬ。
「ふむ、そろそろ打ち止めか」
気付けば俺の放った矢のほとんどは地面に刺さり、辛うじて回収した矢も残り少なくなっていた。
ルージュはこのために空中ではなく地上を逃げたのだろう。
途中何度か試みたのだが、矢同士を接触させても数字が変化することはなかった。
弓の持ち主が意思を持って衝突させなければならぬのか、それとも輝く宝石が関係しているのか。
あの数の矢一本一本を意識的に増殖させていたとは考え難いため、まぁ十中八九後者だろう。
ともかく、だ。
「仕切り直しだな」
俺は地上に降りると聖剣を握りしめる。
聖剣が一段と光り輝き、寒空を照らす。
「弾幕は……、このままだと無理そうね」
俺の方が転移の制御に長けていると悟ったか、ルージュは諦めとともに口を開く。
事実、今の俺ならば先の増殖を再度仕掛けた段階で、即座にその主導権を乗っ取ることが可能だろう。
「まさかネタ切れではないのだろう?」
「何度でも言うわ、せいぜい後悔しないことね!」
俺の挑発を受け、ルージュは吠える。
と同時に、彼女を挟むような形で左右に真四次元移動が展開されたかと思うと、それが平行移動して彼女を挟み込んだ。
次の瞬間、彼女の姿は跡形もなくなる。
「ほう、そのような使い方もあるのか」
次元魔法は一般論として、一点に対して魔力を注がざるを得ないために空間の歪みそれ自体を移動させることは出来ない。
そもそもが力技である上に、精密な操作が要求されるからだ。
従ってその利用時には必ず使用者自身が動いて進入する必要があるのだが、神通力を利用した次元魔法ではその力業的要素が排除されるため、魔力操作に長けた者であれば歪みそれ自体を移動させることもある程度は可能らしい。
などと考えていると、ちょうど俺の斜め前方に深紅の大穴が展開され、中から音速の矢が数百本飛び出してきた。
……別次元の空間内で増殖させたか。
なるほど確かに、目視してさえいれば増殖を制御できるのだろうから、そもそも俺が直接干渉できぬ空間で増殖した矢を転移させれば良いのだ。
俺は聖剣により爆発的に上昇した身体能力を生かして大地を駆け抜ける。
俺の踏み込みによって大地は抉れ、跳躍によって大気は震え、幾千万の矢が空を切る。
「防戦一方ではつまらぬな」
俺は勢いそのままに真四次元移動を展開すると、その内部へ向かって飛び蹴りを放った。
目の前にルージュが現れる。
正確には、俺がルージュの背後に現れたのだが。
「……ッ!! なんでここに――」
言い終わるよりも前に蹴りを食らわせ、別次元の空間内に出口を展開して諸共飛び出す。
足元に散らばる矢を尻目に着地を決めるが、前方では酷く鈍い音がした。
「……ッ!! アンタなんで人の空間内に入って来れるのよ……」
ルージュが痛みをこらえ立ち上がりながら問う。
やはり弓の宝石は先程と同じ位置のものが光っていた。
次元魔法の転移先はこの三次元空間にはない軸を持った別次元の世界だ。
しかし同時に、その軸とは無数に存在する。
他人の次元魔法に対して直接干渉したり侵入を試みるのが困難なのはこれが理由だ。
要は、どの別次元かが判別困難なのだ。
「簡単なことだ。お前は矢の射出時に何度も空間内を俺に見せているだろう」
「まさかそれだけで次元を特定したって言うの……?」
「簡単なことだと言っている」
彼女は歯噛みすると、弓と矢筒をしまってしまった。
そのまま両手を挙げる。
「参った、降参よ。……屈辱だけど、今のアタシじゃ逆立ちしたって正攻法じゃアンタには勝てないわ。杖の事は諦めましょう」
……いやに素直だな。
「分かればいい。俺は何も無駄な争いを好んでしている訳ではないのだからな」
彼女は丸腰で俺の方へと歩み寄ってくる。
「そう言う割には楽しそうだったけど?」
「感情と価値観とは別物だろう」
俺は聖剣を鞘に収めた。
夜の静寂が訪れる。
「いきなり襲って悪かったわね。仲直りの握手よ」
俺は彼女が差し出した右手を握り返す。
「許す。学ぶことも多かったからな。ところで――」
言いかけて、俺は彼女の手が妙に強張っていることに気が付いた。
彼女が口を開く。
「――三ノ矢、”二ノ次”」
その刹那、俺の右腕にはまるで元からそこに刺さっていたかのようにして矢が現れた。
と同時に右後方で次元魔法の発動した気配がした。
音速の矢が飛び出し、俺を襲う。
俺は回避を試みるが、握られた右手を瞬時に払いのけることは叶わなかった。
俺の右腕をかすめた矢が前方へと通り過ぎて行く。
狙いが外れたのか、そう思った次の瞬間、右腕に刺さった矢の数字が変化した。
「――四ノ矢」
ドクン。
心臓の音が妙に近く感じる。
これはまずい……。
「――”死”」
朦朧とした意識の中で、俺はルージュの声を聞く。
「悪いわね、アンタが強すぎるのが悪いのよ。正々堂々となんて戦えるわけないじゃない。」
ルージュは俺に背を向けると、リリー達の方へと歩き出した。
「天使は天使らしく、心臓を射止めるってね」
俺は力を振り絞ってある魔法を発動させ、そのまま意識を手放した――。




