騎士の葛藤
先ほどと変わらず賑やかであった城下町とは打って変わって、城内は慌しいものであった。
どうやら情報統制が敷かれているらしく、事件のことは市民に知られていないようだ。
それもそうだ。
勇者候補筆頭が死んだかもしれないという不確定情報を流布するメリットなど一つもない。
民たちは変わらず、新たなる勇者の誕生を心待ちにしているようだった。
「ここで待っていてくれ、少しすれば担当の者が来るはずだ」
洞窟で出会った兵士に連れられ、俺たち3人は王城の1階にある荒んだ小部屋に通された。
当の兵士はというと、何か用事でもあるのか、大きな音を立てて扉を閉めるといそいそと来た道を戻っていった。
恐らく報告にでも向かったのだろう。
部屋には椅子が4つあり、机を隔てて3つと1つに分かれている。
俺たちは3つ並んだ方の椅子に座ることとなった。
リリー、俺、エヌスの順に腰掛ける。
絶妙な間の沈黙。
エヌスは俺に何か言いたいことでもあるのか、浮足立っている。
俺が口を開く。
「ライツらの件は本当にすまぬ。俺があと少しでも早く見つけていたならば、救えた命であったやもしれぬ」
「いや……、君が悪いなどということはない……。ひとえにオレたちの不甲斐なさ故だ……」
エヌスは俯き、唇を噛む。
しばしの沈黙。
外から聞こえる梟の鳴き声が、妙に室内を響き渡る。
机に置かれた蝋燭の火が揺れる。
「オレは――」
エヌスが沈黙を破る。
「オレは、デュリック、君のことを誤解していたかもしれない」
俯きながらも続ける。
「オレは初めて君に出会ったとき、傲慢な奴だと思った。この国に数多いる兵士達、その頂点に努力に裏付けられた実力で以て君臨する騎士団、その代表者たる我々を差し置いて勇者になるなどとは、普通のフィーネ国民には口が裂けても言えまい」
……なるほど。
兵団のトップが騎士団と呼ばれているのか。
王が統治するこの国の兵士達にとって最も重要な任務とは、王を護衛することなのだ。
故に騎士団は崇められ、尊敬され、同時に大きな責務を背負う。
しかし、王を護る騎士団の団長が魔王を狩る勇者を兼任するというのは、何とも皮肉な話だ。
実力故、むしろ王の下に留まることを許されないというのだからな。
エヌスは俺の目を見る。
「しかし、そうではなかった。我々に正義があるように、君にもまた正義があった。信念があった。それが何なのか、今のオレにはわからない。だが君は、あのときのオレのように薄っぺらな利己精神のために魔王と戦おうとしているわけではないのだろう……?」
俺は思い返す。
オレを魔王討伐に連れて行ってくれと言ったあのとき、エヌスの目に映った憎悪の光を。
魔王に向けられた、圧倒的な敵意を。
「そうだな。俺は誇り高きこの名を取り戻すために戦う。それは全ての人間を救うことに繋がり、そして、平和の礎となるだろう」
「オレは人生の全てを魔王への復讐に捧げてきた。オレにできることは全てやってきたし、利用できるものは全て利用した。騎士団に入団したのもそうだ。オレには王や国民を守ろうなどという崇高な信念はなかった。全ては勇者に同伴し、魔王への復讐を果たすため。だからこそ、あのときもより確実に魔王へ近づけるよう、君にお願いをしたんだ。
しかし……、表面的な部分ではなく、君の中身を知った今、オレは恥ずかしくなってしまった。そして、謝りたいんだ」
エヌスは丁寧に頭を下げた。
「すまなかった。オレは君を誤解した挙句、利用しようとしたのだ」
エヌスは顔を上げる。
しかし、その目は空を睨んでいた。
だが、それでも、と彼は続ける。
「オレは魔王が許せない。オレはこの命にかえてでも、魔王を討たなければいけない。だからどうか、どうか、改めて、オレを魔王討伐に連れて行ってはくれないだろうか」
空を見つめるその目は血走り、闘志に燃えていた。
しかしその実、中身は空虚なものであった。
「お前がわざわざ誠実に謝罪を述べた以上、俺にお前を連れて行かぬ理由などない。もとより、あの時点でお前は連れて行くつもりでいた」
エヌスの顔から緊張が消える。
「ありがとう……、本当にありがとう……」
「だがその前に」
俺はリリーを一瞥する。
「二つほど解決せねばならぬことがある。リリー、エヌスは今より正式に俺の仲間となった。お前と家族の話をしても構わぬか?」
リリーは首を縦に振る。
「一つ目は当然ながら、選定で発生した大量殺人の犯人捜しだ。現状、選定で生存した者が俺たちしか見つかっていない以上、疑いの目が俺たちに向くのは当然だ。そのような状況で素直に勇者と認められるのか、甚だ疑問だ。実際、俺たちはこうして事実上の拘束を受けている。
二つ目はリリーの両親捜しだ。リリーは見ての通りエルフなのだが、どうやら故郷から一族諸共攫われてきたらしい。道中運よく両親がリリーだけを逃がしてくれたそうなのだが、その攫った集団の目的というのがエルフを触媒にした生贄魔法らしくてな」
「なっ……! 生贄魔法だと……!?」
エヌスが驚く。
「生贄魔法など、到底認められる行為ではない。故に、俺はリリーと約束をしたのだ。家族は俺が助けると」
「一緒に探してくれると助かる、です……」
「大したことは出来ないかもしれないが、オレもぜひ協力させてほしい」
「よろしく頼む。選定での殺人については情報が足りぬ。故に、エルフ捜索から話を整理したいのだが……」
こうして、俺たちの情報交換が始まった。
勇者パーティ一人目です。




