勇者の宝
エヌスらが走り出したのを見届けた俺は、洞窟のより奥深くへと潜っていった。
この洞窟には空気の流れがなく、本来的に滞留していた空気が更に淀み、どうしようもないほどに重くるしい時間が流れる。
「しかし、リリーの両親はおろか、法衣の集団の気配すら一切感じられぬな」
入ってからわかったが、この洞窟は想像以上に広い。
しかし、受付の言うことが正しいならば、人間が出入りできる場所は一か所しか無い。
潜伏するのに適した場所という気はしないのだがな。
何か理由があるのだろうか。
そして空気の流れが少ないということは、他の者が行動した気配を感じ取りやすいということである。
魔族は身体能力が高いとともに、知覚能力も他の種族と比較して格別に高い。
現に、エヌスらが順調に遠ざかっていることを肌で感じることが出来ている。
皮膚を撫でる空気の動き、遠くから聞こえる微かな足音、その全てが俺に数多の情報を与えてくれる。
しかしそれら五感を総動員しても、同じ空間内に他に生きている者がいる気配はない。
「今は選定を終わらせることに全力を捧げたほうがよさそうだな」
俺はそう呟くと、さらに歩みを進めた。
結論から言えば、目に見える範囲に宝と思しきものは一つもなかった。
あるのはゴツゴツした岩壁と、剥がれ落ちたと思われる小石や苔のみ。
しかし代わりに、俺はとあるものを見つけた。
行き止まりの壁に当たったときその壁をよく観察してみると、そこには先ほど見た鍵穴のような隙間があった。
俺は考える。
選定は出来レース。
勇者候補筆頭にのみ課された試練。
探すべき宝の情報はなし。
しかし同時に、宝を手にした者は勇者として認められる。
勇者のみが持つ特殊な能力。
勇者のみに許された聖剣の帯刀。
そして。
目の前には鍵穴。
「なるほどな。やはりそういうことか」
全て合点がいった。
俺の予想は正しかった。
「聖剣サクラディウス――!」
俺は聖剣の名を叫ぶ。
勇者にのみ扱うことを許されたその剣は、しかし突如として俺の目の前に現れた。
俺に呼応するかの如く、燦然と光り輝いている。
右手で柄を掴む。
瞬間、聖剣は一段と輝きを増し、洞窟内が光の奔流に飲み込まれる。
俺は自身の能力が大幅に強化されていくことを体で感じながら、鍵穴と思しき壁面の隙間を狙い、無造作に聖剣を突き刺す。
聖剣から溢れ出る光が隙間に吸い込まれたかと思うやいなや壁面が二つに割れ、中から新たな道が出現した。
「隠し通路か」
現れた道をそのまま進むと、そこには人工的な空間が広がっていた。
壁は岩でできているが、その表面は明らかに人の手によって削られ造形された跡がある。
空間全体を見渡すと、ここはどうやら直方体の部屋のようであった。
中央には台座が鎮座しており、そこには金属でできた細長い筒のようなものが刺さっている。
「ふむ。こういうことだろうか」
俺は台座の下へ向かうと、聖剣をその筒へと差し込む。
その筒はよく見ると剣の鞘のようで、聖剣を挟み込んでぴたりと噛み合った。
俺が何気なく右手を開くと、一度掴めば1時間は手放せぬと言われた聖剣の柄がするりと手から放れた。
同時に強化されていた能力が元に戻ったのを感じ取る。
「聖剣に選ばれし者が聖剣を鞘に収めること、それが勇者選定だったということだ」
聖剣に選ばれるだけでは、聖剣の能力を最大限発揮することは出来ない訳だ。
最悪の場合は腕ごといけば手放せるだろうか、などと思っていたのだが、考えてみれば、そもそも剣というのは鞘に収めてはじめてまともに使えるものだ。
俺は左手で鞘を掴み、腰に着けた。
するとその瞬間、先ほど聖剣を手にしたときと同様の感覚に襲われ、自身の能力が向上したのを感じた。
なるほど、これが勇者特有の能力の正体か。
聖剣を直接手にしたとき程ではないが、鞘に収めた聖剣を身に着けているだけで全体的な能力値が上昇しているのを感じる。
聖剣の能力を地味だなどと言ったが、他の武器と併用できると考えるならばその価値は大幅に変わってくる。
「鞘の入手を報告しに行かねばならぬな。外の様子も気になる」
俺はそう呟くと、一人帰路についた。
出口へと向かう道中、俺は複数の兵士達と出会った。
「君がデュリックか!?」
「無事か!?」
どうやら王都の衛兵らしく、関所で見た兵士と同じ格好をしている。
「大丈夫だ」
「それはよかった。クリフィー洞窟で多くの死体が見つかったと通報を受けて急いでやってきたのだ。中にまだ生きている者がいるとも」
おそらくリリーが言ったのだろう。
「それは面倒をかけた。死んだのは全員勇者選定の参加者のはずだ。俺も選定の参加者だ。俺だけが選定を続行した」
選定の参加者が死んだと聞いて、兵士達が少し慌しくなる。
「そ、それは、ライツ様も、か……?」
「おそらくはそうだ。死体を見た。詳しい状況は一緒に居合わせたエヌスに聞くといい」
兵士は一様に愕然とし、しばらくして顔を見合わせ、意を決したように口を開く。
「君は第一発見者ということで間違いないか?」
「あぁ、そうなるな」
「調書を作成しなければならない。ご同行願う」
「わかった。しかし――」
俺はそう言って、鞘に収まった聖剣を見せつける。
「宝を見つけたのだ。その報告だけさせてくれ」
「――そ、それは聖剣サクラディウス……!」
「ゆ、勇者と認められた者にしか扱えぬはずでは……」
兵士達のざわつきが最高潮に達する。
「わかった。私が一緒に外へ出よう。お前たちは中の様子を確認してこい。くれぐれも警戒を怠るな」
リーダーと思しき男が前に出て指示を出し、俺に同行する旨を口にした。
兵士と共に外へ出ると、そこにはエヌスとリリー、そして受付が神妙な顔つきで待っていた。
「宝を見つけてきた」
俺は鞘に収まった聖剣を掲げる。
「そ、それは完全なる聖剣……! 見つけたのだな……」
エヌスが驚きを口にする。
「おめでとう、です……!」
リリーが素直に祝いの言葉を述べる。
「ほ、ほんとに見つけちゃったのかぁ! デュリックくんはすごいね! でも、そもそも聖剣って勇者の資格がある人じゃないと持つことすらできないんじゃ……」
受付は心底驚いたといった表情をしている。
「なに、名前を呼んだら来ただけだ」
「そんな滅茶苦茶な……」
まぁ、呼んだら来たというのはあながち嘘ではない。
実際はそこまで単純な話でもないのだがな。
「それにしても、中でたくさんの人が亡くなっていたって本当かい……?」
「あぁ、間違いない。お前も聞いたと思うが、洞窟内から多くの悲鳴が聞こえた。俺たちが急いで向かったときには全員死んでいたのだ。辛うじて、そこにいるエヌスだけ救えたというわけだ」
エヌスが頷く。
「その話、詳しく聞かせてもらいたい。そこのお嬢さんと、それからエヌス様、城までご同行願います」
先ほどの兵士が割って入る。
ライツやエヌスに様を付ける辺り、兵士達にとって騎士団というのは目上の存在らしい。
どのような力関係なのだろうか。
「と、とりあえず、選定の勝者は暫定的にデュリックくんってことで上には報告しておくから……。今回は色々とイレギュラーすぎてどうなるかわからないけど……」
「そうしてくれ。リリー、洞窟内は一通り調べたのだが、奴らの痕跡は何も見つからなかった。一先ず一緒に城へ向かおう。何か探れるかもしれぬ」
「わかった、です……」
リリーは少し残念そうだ。
しかし、クリフィー洞窟にあると言っていた奴らのアジトについて、痕跡一つ見つけられなかったのは気がかりだ。
法衣の男が俺の右腕に逆らったとも考えにくい。
「では、オレも城へ向かおう」
エヌスも首を縦に振り、俺たちは並んで王都へと戻ることになった。




