身の程を知らなかった彼女の本気
あれから、さらに三日。相変わらずリーリアは学校に来ない。そのかわりにルイアが毎日進度とリーリアの健康について報告してくれた。ルイアはリーリアについているので、正確にはルインがルイアから受けた報告を聞いている。放課後、人気のない生徒会室で、わたくし達は話していた。
「リーリアちゃん、くまが完成したから明日は学校に来るって言ってましたよ」
「……そう」
「リーリアちゃんのコミュ力まじパねえですよ。あのルイアが!お嬢大好きなルイアが!名残惜しい気がするとか言ってるんですよ!いつもなら絶対早く戻りたいって言うのに!」
ルイアの笑顔を思い出す。ルイアはわたくしと同じで小さくて可愛らしいものが大好きだ。リーリアの弟妹は可愛かった。少しルイアが羨ましい。
「ふふ。ルイアも上手くやっているようで何よりだわ」
「あ、お嬢に手紙預かってたんでした。はいどーぞ」
『おひめさまへ
おにくおいしかったです。またきてください。いっしょにあそびたいです。リルラより
おひめさまへ
ルイアおねえちゃん、とってもやさしいです。たくさんありがとうをいいたいので、いつかまた、あいたいです。またおうちにきてください。リルルより』
リーリアの弟妹は、こうして毎日わたくしに手紙を書いてくれている。可愛いったらありゃしないので、ついささやかなお返しと手紙を返している。
「可愛いですわ……!ルイン!明日はリーリアの家で完成記念パーティよ!」
「はーい。ルイアに言っときます。お嬢、ちいと気になることがあるんですよね」
ルインの空気が変わる。普段はチャランポランだが、護衛の中でルインは突出した存在だ。だからこそ、彼は王妃候補の護衛なのだ。
「………聞きましょう」
「実は、ルイアが怪しげな人間を察知しています。陽動の可能性も捨てきれないんで追えなかったそうですが……あのルイアから逃げられる時点で素人じゃありません」
リーリア……貴女は何を抱えているのかしら?わたくしが、今できる最善は何かしら。
「………リーリア達には知らせず、影をつけましょう」
「かしこまりました」
影はわたくしの信頼できる密偵を言う。護衛から諜報、情報操作もこなしてくれる。
「できるなら、背後関係を洗いたいわね」
「手配します。リーリアちゃんちの調査はどうしますか?」
「………本人から聞くわ。大体予測がつくし……今はまだ、普通の友人でいたいのよ」
「かしこまりました」
退室するルインを見送る。あれがあんなに執着するなんて……リーリアは本当に得難い人材だわ。わたくしはまだ、婚約者であり王妃ではない。彼女の素性が予想の通りだとしたら、彼女を得ればわたくしの立場は磐石となる。今の成果程度ではひっくり返される可能性が……ゼロではないのだ。
そんな打算的な自分が嫌でため息を吐いた。
「アリス、君に悲しい顔は似合わないよ!」
「ふぁ!?」
思考の海に沈んでいたからか、ガンドルフ様の気配に気がつかないなんて!?
「楽しそうな話をしていたね!私も参加するよ」
「…………ふぁ?」
楽しそう?参加??そんな話は……………!!してた!!
「いやあ、楽しみだね!クマモリサンは私からのプレゼントだもの、私もパーティに参加する権利があるよね?」
「そ…………ソウデスワネ?」
正論であるため、わたくしは頷くしかできなかった。どこから話を聞いていたのかしら?危険かもと言うとわたくしを守らなければと聞いていただけなかった。
そして、翌日。授業後にリーリアの家へ行くことになってしまった。ルインに叱られたのは言うまでもない。
「殿下、うちは小汚ないですからね?嫌になったら即帰るというか、今すぐ帰ってもいいんですからね!?」
久しぶりに学校へ来たリーリアが必死に説得したものの聞き入れられず、何かを耳打ちされたら大人しくなった。何かあるのかしら?リーリアがすごい顔でガンドルフ様をにらんでいたので、恋愛的なことではなさそうだ。
「庶民の暮らしを見るまたとないチャンスだ!しかも、アリスが喜ぶ可愛い顔を独り占めさせるわけにはいかん!」
「くっ………!確かにそれは見逃せないですね!!」
「ふぁ?」
二人はなんの話をしてますの??リーリアが納得したので放課後、リーリアの家に行ったのですが………。
「…………うちがリニューアル!?」
リーリアの家が見違えるほど美しくなっていた。周囲の雑草もすべてむしられ、木は刈られ、汚れていた壁は新品のよう。
「お帰りなさいませ、お嬢様方。パーティの準備は整っております」
そこには、我が家の影を含む使用人が勢揃いしていた。室内も磨かれ、やはり洋館は貴族の別荘だったのだろうと思う。
「パーティの前に、ご注文の品をお持ちします!」
リーリアが美しくラッピングされた箱を持ってきた。それをガンドルフ様に渡す。
「アリス、君への贈り物だ。貰ってくれるね?」
「は、い……」
嬉しいわ。ガンドルフ様からの贈り物。リーリアがあんなに頑張って作ったくまさん。
ゆっくりと箱を開くと、そこには三体のくまさんがいた。
「ふぁ?」
開けて閉めて……また開けた。
「多くありません?」
「多くありませんよ!こちらはアルスリーア様モデルのプリンセスくまもりさん!そして、こちらは殿下がモデルのプリンスくまもり君!さらに、おまけのくまもり君です!二人がお揃いで持てるようにと頑張りました!くまもり君の衣装はサービスです!ジャケットはリバーシブル!プリンセスくまもりさんと対のデザインとなっております!」
なんて素敵なのかしら!それに……わたくしにはわかるわ。このくまさん達は……わたくしのためだけに作られた。わたくしへの祈りに満ちている……。ほんのりと輝いているようにも見える。
確かに、リーリアの技術は素晴らしい。見たこともないドレスデザイン、丁寧に作られた一級品。それよりなにより、ここに籠められた祈りこそが………。
「………とても、素敵ね」
そのくまさん達は、まるで生きているようで……ぬくもりを感じたような………微笑んだような気がした。
「………私のやつとだいぶ格差があるような……」
「………パーティ先にやるべきだったっすねぇ」
「………お黙りなさい、愚兄。今はお嬢様方の尊いお姿を目に焼き付けるべきです」
「「…………はい」」
背後でそんな会話がなされているとは知らず、わたくしはリーリアによるくまさんの説明に耳を傾けるのだった。