身の程を知っている女。
目に入って見えたのは、見知らぬ天井と大好きなガンドルフ様の笑顔だった。
「おはよう、アリス」
「……おはようございます」
わたくし、夢を見ているのね。ガンドルフ様に膝枕をしてもらうなど、夢以外にありえませんわ。
「ねえ、アリス」
「……はい」
「今日は頑張って君の分まで仕事したんだ!ほめて!」
「まあ……えらいですわ、ガンドルフ様」
幼い頃のように頭を撫でてあげた。少し幼いこの笑顔が、本当に好きで好きでたまらない。なんて幸せな夢なのかしら。
「ね!ご褒美に膝枕をしてほしいな!!」
「まあ……どうぞ。ご褒美になるとは思えませんが、ガンドルフ様がなさりたいのでしたら……」
「やった!」
ガンドルフ様が私の膝に……。柔らかな金の髪を撫でれば、ふにゃりと笑う。やだ、可愛い。こんなに大きくなっても可愛いとか、どうしましょう。
「足が痺れたらやめるから、言ってね」
頭を撫でていたわたくしの手をガンドルフ様が取り、手の甲にキスをした。はっきりと、触れられた感触がというか、重い。足に乗っている頭が重い。一気にぼやけていた頭がフル回転する。わたくし、ガンドルフ様に抱きつかれて気絶して……介抱していただいてたの!??これは夢じゃなかったの!?
「そ、その、先程は申し訳ありませんでした」
もはや、恥ずかしいやら失態で体感温度が下がるやら……暑いか寒いかもわからない。
「いや、済まないね。君の愛らしい寝顔を独り占めしたかったからあえてここにいたんだ。ふふ、アリスとこんな風に過ごすのが、私は一番好きなんだよね。憧れの膝枕もしてもらったし、今日はいい日だな」
とても、キュンとした。嬉しい。少しだけ……少しだけなら、欲張ってもいいかしら。ガンドルフ様は許してくれるかしら?わたくしの手を弄んでいたガンドルフ様の手を捕まえる。
「……アリス?」
「私も……幸せな夢だと思うほどに……ガンドルフ様のおそばにいるのが幸せです」
手が緊張で震えたけれど、彼の指先にキスを落とした。ガンドルフ様が見たこともないほど真っ赤になった。
「アリスが可愛すぎて辛い……うあ……早く結婚したい……!」
わたくしの足が痺れて感覚がなくなるまで、この幸せな時間は続いた。
「いや、ごめんね。本当にごめんね、アリス」
幸せな時間の代償は、お姫様抱っこによる帰宅だった。それはもう注目を浴びまくっている。
「軟弱なわたくしが悪いのですわ……!」
それもこれも、足が痺れて立てないわたくしの軟弱さが悪いのですわ!
「いや、アリスは悪くないよ。私の配慮が足りなかったんだ。アリスの太ももが柔らかくていい匂い「ふぁ!?いいい言わないでくださいませ!!」
そんなことを考えてらしたなんて!嬉しいやら恥ずかしいやらでアワアワしていたら、あまり聞きたくない声が聞こえてきた。
「あら、ガンドルフ様とアルスリーア様?」
この国の公爵家は三つある。我がノーチェス、ブルーロット、スカーレットだ。今声をかけたのは、スカーレット公爵家の令嬢で、かつてガンドルフ様の婚約者候補だったシャルドナ=スカーレット嬢だ。
「ノーチェス家のご令嬢ともあろう方が人目を憚らず……」
「殿下がかわいそう……」
シャルドナ嬢の取り巻き達は聞こえよがしに言っていた。
「皆さん、そんな風に言ってはいけませんわ。きっと何か事情がおありなのよ」
優しく取り巻きを諭すように見えて、彼女はわたくしの失態を喜んでいるようだった。
「そうなんだよ!流石はスカーレット嬢だね!実は……アリスが可愛すぎて放したくないんだ!!」
「ふぁ」
「ひ?」
「ふ?」
「へ?」
ガンドルフ様はフォローしようとしたのでしょうが、それはフォローになりますの!?またしてもガンドルフ様がわたくしに密着した。
「ふぁ!??」
「ほら、可愛いだろう?世界一だろう?私は世界一幸せな男だと思うよ。こんなに愛らしい婚約者がいるんだから!これはもう、仕方ないよね!アリスは何度も下ろしてと言ったんだけど、可愛いから手放せないんだよ!そう、可愛すぎる罪により拘束しているのさ!」
それはどんな理屈ですの!?いや、そもそもこれはわたくしの足が痺れすぎて歩けないからで……ガンドルフ様がウインクを……!!はっ!ガンドルフ様はわたくしの失態を隠すために?なんとお優しいのかしら……。
「……殿下、あまり可愛がりすぎますと……可愛い猫は逃げましてよ?」
上機嫌な殿下とは逆に、シャルドナ嬢は珍しく不機嫌な様子だった。いつも穏やかで月光の姫と呼ばれる程なのに珍しい。
「ははっ、肝に銘じておこうかな。あまり可愛い婚約者を見せたくないから失礼するよ」
殿下は足早にシャルドナ嬢から離れた。ゾクリと寒気を感じて見てみれば、シャルドナ嬢が鬼の形相でこちらを睨みつけていた。彼女もガンドルフ様が好きだった……いや、今でもなのだろう。
わたくしはあえて、不敵に笑ってみせた。ガンドルフ様は渡しませんわ!それにしても、やはり厄介な相手ですわね。彼女は自分の立場をよく理解しているから、決して己の手を汚さない。今回のようにわかりやすく見せるのはとても珍しいのだ。
かつて婚約者候補だった彼女は、まだガンドルフ様を……王妃の座を諦めてはいないらしい。
解決すべき問題が多すぎて、わたくしはこっそりとため息を吐いた。