現状を知った彼女の抵抗
あれだけ不安を煽れば、ビッチはアクションを起こすに違いない。数日尾行するつもりでいたが、ビッチは隠れて魔法を使った。割と初歩の、手紙を鳥にするやつだ。追えば敵がわかるかもしれないが、尾行がバレたり見失う可能性もある。なので、私は鳥を追わずビッチの尾行を継続することにした。
「何か問題でも?」
数分後に、覆面の女性が転移してきた。全身黒。黒のスカーフとワンピースに、黒の仮面。怪しさ全開である。なんであんな怪しげなやつを信用したんだよ、ビッチ!
「……このお守りが、あた……わたしの命を削るって……本当ですか?」
「……っ、そんなことがあるわけないじゃないですか!これはあくまでも恋愛成就のお守りですわ!」
相手が一瞬怯んだのを、ビッチは見逃さなかった。
「そう……貴女も知りながら、渡したんですね?」
ビッチが何かを地面に投げた。あれは、捕獲用アイテムの生きた縄蛇君!!たとえ外しても、近くの敵に巻き付き捕縛してくれるスグレモノ!!
「くっ!」
怪しい女性はスカートからナイフを取り出し、縄蛇君に投げ……ようとしたが、縄蛇君の方が早かった。縄蛇君は亀甲縛りをかましている。普通はぐるぐる巻にするはずだし、あんなに素早くないはずなので、ビッチが改造したのかも。やるなあ、ビッチ!
「さあ、洗いざらい吐いてもらうわよ」
「ふん」
黒ずくめの女はそっぽを向いた。喋る気なさそう。まあ、人を実験体にするようなヒトデナシの部下だもんな。ビッチより雇用主の方が万倍怖いだろう。ビッチを手伝うか思案していたら、黒ずくめが苦しみだした。
「ぐうっ……ち、違います!私は裏切って、なんて、おりませ、んんっ!」
スカーフが生き物のように黒ずくめの首を絞める。苦しんでのたうち回る黒ずくめの仮面が落ちた。その顔には見覚えはない。しかし、顔を知られてはまずい理由があるのだろう。苦悶の表情を浮かべて苦しむ黒ずくめに対して、ビッチはオロオロするばかりだ。
「ハッ!!」
仕方ないので隠れていた場所から飛び出し、神器である針を細剣に変えてスカーフをめった刺しにする。上手く糸を切れたらしく、スカーフはただの布になった。うーん、やっぱり縫術だったか。
縫術を破る方法は、その糸を断ち切ること。とはいえ、透明な魔術糸を使った場合は糸が見えないので、断ち切るのはなかなか難しい。先程のようにめった刺しにしてみるか、ハサミで切るしかない。
「ゲホッ!ガハッ!!」
黒ずくめはどうにか生きていた。うんうん。情報源確保!
「あ、あんた……つけてきたの!?」
「そりゃ、そうするでしょう。行動が迂闊すぎですよ」
私を睨みつけるビッチ。そこは感謝してもいいんじゃないかな?
「……まあ、助かったわ。アタシじゃこの女を死なせてた」
「そんなわけで、捕虜になっていただきます」
「え」
「というのは冗談で、私のご主人様に誠心誠意謝罪して家族ごと保護してもらったほうがいいかもよ」
冗談抜きで、ビッチが殺されかねない。多分黒ずくめは見せしめなんじゃないかな。高位貴族がよく使う手だよね。次はお前だ!みたいな??黒幕はどっかでこの様子を見ているんだろうか。
「う……そ、そんな事言っても……アタシ、あんなにアルスリーア様にひどい態度だったのよ!?」
殺気を感じ、咄嗟にビッチを突き飛ばして避けた。ビッチは顔面からスライディングしている。すまんが、命があるだけ良かったと思っておくれ。
「あぐうううう!??」
亀甲縛りのせいで避けられなかった黒ずくめが弓で射られた。口を封じるつもりか。流石の私も弓を持った三人相手はきつい。
「ハッ!!」
きついが、手がないわけではない。木の陰から飛び出して矢が刺さった黒ずくめを蹴り飛ばし、矢が来た方向へナイフを投擲する。手応えはあったものの、逃げられた。まあ、黒ずくめが死ななかっただけ上出来かなぁ。
「あああああ!ぐううううううう!!」
「矢に毒かぁ」
この黒ずくめ、本当に運がないし下っ端なんだろうなぁ。この状態でも転がるぐらいはできるだろうに。手持ちの解毒剤でなんとかなるといいけど。適当に処置をしたら、顔から血を流したビッチが、真剣な顔をしていた。
「ご、ごめん。咄嗟だったか「助けてくれてありがとう!!いくらアタシだってわかってる!あのままだったら、確実にアタシが死んでたってことぐらい!アンタのおかげよ。この程度のケガ、なんてとないわ。弟を守るためなら、土下座でも五体投地でも裸踊りでもしてやろうじゃない!!」
先程の襲撃で、ビッチは完全に腹をくくったらしい。えらいぞ、ビッチ。これぞまさしく、怪我の功名!
「じゃあ、お嬢と話そっかー。今だと……教室かな?」
「「!??」」
全く気配を感じない上に、背後を取られた!?冒険者ギルドでそこそこ上位ランカーなのに……修行が足りないのかルインさんがすごいのか……。
いや、暗殺者より気配がうっすいルインさんがすごいんだよ、きっと。
私がそんなことを考えていたら、ルインさんは軽々と黒ずくめを抱えつつ私とビッチをエスコートしていた。アルスリーア様にお仕えするにはこれぐらいできなきゃいけないのかもしれない。私は気合を入れてルインさんについていった。