ビッチは案外馬鹿じゃない
借金がなくなり、お給金のおかげで毎日ギリギリで暮らしていたがかなり生活に余裕が出てきた。
「うわあ、スープにお肉が入ってる!」
「うわあ、白いふかふかのパンだあ!」
「お姉ちゃんのスープもおいしいけど、このスープもおいしいです!」
今までは野菜くずのスープや姉が働いている酒場の余り物リメイクだったし、パンは安いが固くてまずい黒パンだった。しかし、今は私のご主人様が食材や料理人まで提供してくれている。毎日のご飯が美味しいって、本当に幸せたよね。
さらにご主人様は使用人まで手配してくれた。表向きは護衛だけど、家事炊事までやってくれている。いたれりつくせりとはまさにこの事。こんな生活させてもらっていいのか悩む。そんな贅沢な悩みを抱えつつ、父の食事を運ぶ事にした。
母の部屋には、家族以外を立ち入らせない結界かある。父が作ったタペストリーによる効果だ。本来は害意あるものをはじく縫術具だったが、疑心暗鬼になった父が効果を上書きしたものだ。父用の食事を置く。母は相変わらず目覚めない。一応母は死んだことになっている。この眠りが、呪いかもしれないからだ。
呪い……呪い?ふと、何かが引っかかった。そういえば、王太子殿下に渡した悪女除けが弾いたということは、ビッチは呪いをかけていた?
何故気が付かなかったのだろう。縫術の中でも呪縫術は禁じられている。私も情報として知っている程度で、どのようなものなのか詳しくは知らない。イヌイルは良くも悪くも善良な縫術師であるため、特に呪縫術を嫌う傾向にある。そのため、読み漁った縫術書にはせいぜい一文あれはいい方だった。
イヌイルの没落で一番得をしたのは、言うまでもなくスカーレット家。スカーレットは呪縫術と関わりがあるということなのだろうか。とりあえず、呪縫術に関わりがあると思われるビッチと接触することにした。
「ビッチ、顔貸して」
「嫌よ!」
わざわざビッチの教室まで出向いたというのに、ワガママなビッチである。
「マチルダをいじめようというのか!?」
「違います。そもそも普通に話しかけただけでいじめられるような心当たりがおありで?彼女のプライバシーに関わる話だから別の所でしたほうが良いと判断しただけです。部外者は口出ししないでいただきたいですね。私は別にここで話してもいいですが、最悪彼女が投獄される危険があります。貴方のせいですが、よろしいですか?」
攻略対象の……なんだっけ?興味ないから忘れたけど、ブルーレット公爵だっけか?トイレの芳香剤みたいな名前だったような……が口出ししてきた。ブルー△ットごときに負ける私ではない。きっちり言い返してさしあげた。
「カル様、マチ、この子とお話してきまぁす。庇ってくれてありがとう!マチ、頑張るね!」
うざ!典型的ぶりっ子だなぁ。痛いとか思わないのかね。ブルー△ットはデレデレしてるから、それなりの効果があるようだけど。
裏庭に到着すると、ビッチは私を睨みつけてきた。
「で、マチになんの用?忙しいんだからさっさとしてくれるぅ?……他のキャラも攻略しないといけないから、スケジュールがタイトなのよねぇ」
微かに聞こえた。こいつも転生者か。こちらもそうだと説明すべきか悩む所だなぁ。とりあえず、ちゃちゃっと本題に入ろうか。
「あんた、呪縫術具持ってるでしょ。魅了効果があるやつ。私には効果ないみたいだから、異性限定かな?」
「!??」
心当たりがあるのか、ビッチがボインボインな乳をおさえた。そこか。
「悪いことは言わない。それは私に預けて。無効化したら返すわ。呪いには対価が必要よ。複数を魅了したなら、何を削ると思う?」
「けず、る?」
ビッチは愕然としている。いや、そりゃ力に対価は必須だよ。くまもり君だって、王太子殿下の放出された魔力で作動してたんだし。あ、もしかしてエルとガル達は持ち主の魔力が膨大だったから動くようになったのかも!
「歪める系の術の対価は大抵命を削るわ。あんたの魔力からすると、恐らく命でしょうね。複数に魅了をするには、あんたの魔力じゃ脆弱すぎるもの。最近、体調不良とかない?めまいがするようになったとかさ」
「嘘よ……」
嘘だと言いながら、ビッチは私の言葉を否定しきれていない。明らかにうろたえている。
「それからね、そういう人の心を歪める呪術を使った人は罰せられるから。いわゆる禁術ってやつなの。それも、王太子殿下に使ったのがバレたら……どうなるかしらね?投獄されるかもしれないっていうのは嘘じゃない」
人を呪わば穴二つ、とはよく言ったものだ。呪えば当然しわ寄せが来るに決まっているではないか。それが犯罪にならないとなぜ思わなかったのか、不思議でならない。
「だって、アタシの恋を応援してくれるって言ってたのに……」
「どちらを選ぶかは、貴女次第。多分だけど、貴女は実験に使われたんじゃないかな」
私なりに考えた上での残酷な真実をビッチに突きつけた。今、この国で魅了と思われる事例は他にない。どの程度命を削るかや効果について検証しているのではないだろうか。
「……アタシに、何をさせる気?」
「それは自作じゃないんでしょ?渡した人間の名前を対価に、あんたの身の安全を保証する」
「……考えさせて」
まあ、そう簡単にこっちを信用はできないだろうね。
「いい返事を期待しているわ」
そう言って、ビッチと別れたふりをした。