身の程を教えようとしたけれど?
わたくしの名前は、アルスリーア=ノーチェス。公爵令嬢で、王太子であるガンドルフ=オーウェン様の婚約者でもある。最近の悩みは、その婚約者……ガンドルフ様の様子がおかしいことだ。
「ああ、アルスリーア……いや、アリス。君は今日も美しいね。いつも私を支えてくれてありがとう」
「こ、婚約者として当たり前のことをしているだけですわ!」
ああ、また可愛くない物言いをしてしまいましたわ。ガンドルフ様も苦笑いを……してない?何故そんな慈愛に満ちた瞳ですの??
「いや、いずれ私達は夫婦になる。例え当たり前なのだとしても、円満な夫婦関係のためには感謝が必要ではないかな」
「感謝、ですか」
「ああ。実は先日友人から話を聞いてね。確かに公務は当たり前なのかもしれない。だが、君が影に日向に私を支えてくれていることは当たり前なんかじゃない。その当たり前がいかに尊いものか……私はそこにあぐらをかくべきではないと思うんだ。だから、きちんと君に感謝を伝えたい。君は最高の婚約者で、最高の女性だ。いつもありがとう、可愛いアリス」
「………………で、殿下もいつも頑張ってらっしゃいますわ!わたくしもよーく存じておりましてよ!ではわたくし火急の用事を思い出しましたので御前を失礼いたします!」
火急の用事などないが、あんな蕩ける笑顔のガンドルフ様といられるはずがない!つい逃げてしまった。
「………わたくし、可愛くなんかありませんわ」
とりあえず気持ちを落ち着けようと散歩をする。ガンドルフ様はここ最近急激に変わった。平民から男爵令嬢となった……名前は……なんだったろうか。とにかく、男爵令嬢と親密にしていた頃はとても冷たかった。しかし、急に男爵令嬢と縁を切り、私に優しくなった。それはいいのだ。それはいいのだが………。
「……ああ、またですわ……」
ガンドルフ様は、最近とある平民と仲が良い。リーリア、という可憐な少女だ。男爵令嬢のような肉体的接触はないものの、隠れてコソコソと会っているのだ。二人はいつも楽しげにしている。そしてそれは……罪悪感からではないのだろうか。今度こそ、ガンドルフ様は恋しい相手を見つけてしまったのではないか。
リーリアとは知らぬ仲ではない。彼女は奨学生で、成績が良いのはもちろんのこと勤勉なので目をかけている。いずれはわたくしの下で……と思うほどに彼女は能力が高い。
「……リーリア、話があります」
だから、きちんと釘を刺しておかねばならない。リーリアは素直に、何も疑わずに笑顔でわかりましたと返事をした。人払いをしてカフェテリアの個室に二人きり。彼女が貧乏なのは知っているから……恐らく高級品に囲まれた個室が落ち着かないのだろう。そういう意味でも彼女は有能だ。見る目がある。
「そ、それでお話というのは……」
リーリアに促されて、重い口をひらいた。
「貴方、最近ガンドルフ様と密会しているわね?」
「げふっ!?」
リーリアが盛大にむせた。嘘をつけない彼女らしい反応だ。私と違い、小動物のように愛らしい彼女。いつもなら癒やされるのに、胸にドロリとした何かがたまるような気がした。
「……拭きなさい」
とりあえず、テーブルにあったナプキンを渡す。リーリアは涙目になりながらも受け取った。
「うう……すいません。確かに殿下とはたまに話をしていますが、もうやめます。いい機会ですし」
「…………は?貴方、ガンドルフ様をお慕いしているのではありませんの?」
「…………へ?え?えええええええええええええ!??」
リーリアは仰天していた。しかしその表情に照れは一切なく、純粋に驚いているようだった。
「……違いますの?」
「違います!!殿下とは趣味が一緒というか、私は身の程をわきまえておりますから!!アルスリーア様!」
「は、はい」
リーリアの剣幕に気圧されてしまった。何故怒っているのかしら??
「いいですか?子猿は王子様と結婚どころか恋愛もできません!!シンデレラは幸せになんかなれない!分不相応な幸運は、身を滅ぼすのです!!!」
「ふぇ?」
子猿?子猿って……リーリアのこと?
「貴方は可愛らしい女の子であって、子猿ではないでしょう」
「私はアルスリーア様のような生粋のお姫様ではありません。比較するのもおこがましい野生の子猿です!逆にアルスリーア様はその気品、優しさ、聡明さ、勤勉さ……国の未来を考え、奨学生にも目をかけ、勉学に集中できるようとりはからってくださる!どれをとっても未来の王妃に相応しいのです!!この際だから正直に申し上げますが……実は先日身内のことでやけになっている時に殿下と遭遇しまして……その際殿下に日頃からの不満をぶちまけてしまったのです」
「……不満を」
リーリアはガンドルフ様の何が不満だったというのだろうか。先程話していたときもとても楽しそうだったが……。首を傾げつつリーリアの話を聞くことにした。
「先ず、あの元平民男爵令嬢!あれは、ビッチです!!」
「びっち」
びっち……って何かしら?あまり良くない意味なのはニュアンスからわかるが……意味まではわからない。元平民男爵令嬢は……思い当たるのが一人しかいない。あの娘だろう。
「そう!あんなに乳を男の腕に押し当てるなんて、今時夜の商売しているお姉さんだってしませんよ!下品にもほどがある!そもそも婚約者がいる男性ですよ!?平民世界でも恋人がいる男性を横取りするのは最低です!マナー違反です!そんなビッチを平民代表として見るのはやめてほしい!!そもそも、王子様相手で気楽に話せるかっつーの!!おかしいのはビッチ!私達はまともです!!貴族様の不興を買わないように努力してるんですよ!!」
「まあ……それはそうね」
相当リーリアは腹が立っていたのだろう。リーリアをはじめ、平民の奨学生達は皆礼儀正しく勤勉だ。そうね……あの男爵令嬢がおかしいのだわ。
「それだけならまだしも、お優しいアルスリーア様を蔑ろにするのが許せない!!」
「ふぁ?」
え?わたくし??そこで何故わたくし??茫然としていたら、猛烈な勢いでリーリアはまくしたててきた。
「アルスリーア様はもう奇跡なんですよ!!美人で気品あって頭も良くて優しくて……こんな完璧な女性が婚約者で何が不満なんです!?高嶺の花ですよ!立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花ですよ!!しかも、アルスリーア様は殿下が快適に過ごせるよう、毎朝ご自分で生徒会室のお花をご用意し、殿下のデスクを整えていたり……いつも殿下を見ていらっしゃる!殿下の贈り物に頭を悩ませ、何枚も何枚も刺繍の練習して贈り物するような……あんなに殿下が好きで好きでたまらないってけなげで綺麗で可愛い可愛い可愛いアルスリーア様の何が不満だっていうの!?アンタは何様!?王子様か!でも王子だからって、自分を思って動いてくれる人を蔑ろにして傷つけていいのかよ!よぉぉく考えろよ!婚約者がいるのに他の女と親密にしてたら双方によくない噂が立つのは当たり前だし、アルスリーア様は悪者になるのすら覚悟であんたを諌めていたのに!!そもそもあのビッチ、身分差気にしないとか言いつつ高位貴族の見目がいい男にしか寄り付かないじゃん!マジで、よく見ろよ!…………と殿下にぶちキレまして。今までの不満がそれはもう大爆発しまして……」
「………………ええ」
頭がついていかないが、要するにリーリアはわたくしのために怒った……ということ?それにしても、この子はわたくしをよく見ているわ。いつもガンドルフ様を目で追っていたのも気が付かれていたのね。
「そしたら、なんのミラクルか……殿下に友達になろうと言われまして」
「ふぁ」
本当にそれはミラクルだわ。
「もっとアルスリーア様の素晴らしさを教えてほしいと言われまして」
「ふぁ」
なにそれ。なんでそうなるの?
「……私もアルスリーア様の素晴らしさについて語るのは楽しいですし、アルスリーア様がいかに愛らしいかを殿下から聞くのも楽しみでしたが、それでアルスリーア様が悲しむのは本末転倒!!殿下とはこれっきりで友達やめます!!」
「ふぇ!?」
貴方達はわたくしの話で盛り上がっていたわけ!?え!?どういうことなの!?
「では、もう二度と関わらないでくださいって言ってきます!私、身の程をわきまえておりますから!!」
わたくしの思考が追いつく前に、リーリアは走り去ってしまった。