歩く話
僕と彼女は、スーパーに買い物に来ていた。閉店まで後10分程だ。早く何か夕飯を買って帰ろうとカゴを取るが、彼女は早足で出口へと向かってしまった。
慌てて百貨店のロビーを走り、彼女を追う。世はバレンタインだ。ロビーにはバレンタインのお菓子や贈り物のブースが華やかに並べられていた。そんなものには目もくれず、彼女は遊歩道をすたすたと歩いていく。
バスターミナルへ入った彼女は、高速バスのチケットを買おうとしていた。君の乗りたいバスはここには来ないよ、と声をかけると、彼女は少し戸惑ったように身じろぎ、しかしまた足早に階段を降りていった。
階段を降りた先は、ショッピングモールの4階だった。この階には映画館が入っている。そういえば、ちょうど彼女が見たがっていた映画が上映されているはずだ。けれど彼女は映画館に見向きもせずショッピングモールを出る。
オフィスビル街の交差点を渡り、彼女は煉瓦造りの駅へと歩いていく。人でごった返す駅の中でようやく見つけた彼女は、ICカードをチャージしていた。「運賃が足りなかったら大変だもの」そして、今度は電光掲示板で電車が来るホームをきちんと確認する。
1番線を目指して、エスカレーターを降り駅ビルの店舗を抜け、図書室を通り通路を進む。やがて、スーツケースを抱えトレンチコートに身を包んだ人々が列をなしたホームへ辿り着いた。
不意に、ねえ、と彼女が僕を見る。「私、ちゃんと帰れるかな」不安げに眉を下げる彼女に僕は微笑んで、口を開いた。
目が覚めた。たとえ帰れなくてもきっと何とかなるよ、と、途切れた所を続けるように、呟いていた。