上京の話
とある荷物を東京へ運ぶ仕事を請け負い、さっそく車を用意した。トランクに荷物を積み、いよいよ出発するという時になって僕は免許証が無いことに気が付いた。どうしようかと悩んでいると、彼女が運転をすると言い出した。彼女が免許を取ったのはもう随分前のことで、それ以来まともに運転をしていなかったはずだ。大丈夫かと声をかけると、「大丈夫、多分」と何とも曖昧な返事が返ってきた。
いざエンジンをかけ出発すると、車は亀のごときスピードで走り始めた。空いている田舎道なのに渋滞にでもはまっているような感覚だ。仕方なく1番近くの駅までどうにか向かわせ、そこから東京方面へ向かう電車に乗った。時間はかかるが、彼女の車よりはましだろう。
乗り換えのために新宿駅で降りる。構内は大勢の人が行き交い、あちこちにネオンの看板が光り、天井には透明なアクリルのトンネルに包まれた空中線路が複雑に交差し、流線形の車両が光の筋のように走っていた。
目的のホームへと歩いている途中でふいに彼女が立ち止まった。振り返ると、彼女は今しがた隣のホームに入ってきた車両を見つめていた。他の車両に比べとてもゆっくりと走ってきたその電車は、古く塗装がすすけた二両編成の、彼女の故郷のローカル列車だった。外光は入ってこないはずなのになぜか夕日に照らされたその列車を、彼女はぼんやりと見ていた。
アナウンスが鳴り、僕たちが乗る予定の電車がホームへ入ってくる。囚われたように突っ立っている彼女の手を引っぱり、電車へ乗り込んだ。
目が覚めた。新宿駅はジャングルのようだとよく言うけれど、さすがに空中線路は無いと教えておかなければならない。