診療所の話
昔からある小さな診療所へ彼女が行くことになった。
家から少し遠いので車で送っていくと言ったが、彼女は自分で行けるから大丈夫、と自転車に乗って出掛けていった。
診療所は長い坂を下った先にある。無事に辿り着けただろうかと思案していると、十分も経たぬうちに彼女が戻ってきた。随分速いと驚いたが、診療所まで行った所で忘れ物をしたことに気が付き帰ってきたのだそうだ。行き帰りは勢いで自転車を漕いでいたらしいが、さすがに2往復するのは面倒臭い、と今度は車で向かった。
ログハウスのような診療所の中には、赤や黄色のブロック型のクッションがいくつも置いてあり、看護師が診察を待つ子供と遊んでいた。
彼女は問診票を記入し始めた。問診票はペンを使わなくてもタップするだけでいい便利なものになっていた。しかしどう見てもその見た目はタブレット端末ではなくバインダーに挟まれた紙なので、最新技術はすごいものだと感心した。
しばらくして、彼女の名前が呼ばれた。診察室の奥から覗いた院長先生は、昔と変わらない優しい顔をしていた。あの先生なら、親身になって彼女の話を聞いてくれるだろう。診察室へ入る彼女を安心して見送った。
目が覚めた。あの彼女がパワフルに自転車を漕ぐ所からもう可笑しいが、そもそもあの医院は彼女が向かった方角とは真逆にあるし、何よりあそこは小児専門だったことを思い出した。