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2章・もう灰色は見たくない!1

「では早速、今日からお願いします」


 バルドが当然のように言った言葉にエレナは目を見張った。


「今日からですか!? 私、まだ何も分かりませんよ!」


「大丈夫だよ、エレナ。僕はこれから仕事だから。ゆっくり教わっておいてくれれば」


 先程一瞬見せた鋭さが嘘のように、フェルナンは柔らかな表情だった。あちらの顔が見間違いだったのではと自分を疑いたくなるが、まさかそんなはずもない。エレナは引き攣った笑みを浮かべて、素直にはいと返事をした。


「じゃあ、僕は仕事に行ってくるよ。バルド、後は頼んだ」


「お任せください」


 バルドが頷いたのを確認して、フェルナンは少し早足で部屋を出ていった。残されたエレナは、目の前のバルトを直視できず、いかにも態とらしく窓の外を見る。そこから見えた庭園が、エレナの心をほんの僅かの間だけ現実から逃避させてくれた。


「エレナさん、無駄ですよ」


「うう……そうですよね。やっぱり、現実ですよね」


「はい、勿論です」


 ロマンス小説には身分差が障害となるものもあった。平民と王族や、侍女と雇い主。その関係は様々だったが、物語では、まず、ヒーローは美男子だ。少なくとも、顔すら見えない怪しい見た目は無しだ。ヒロインも可愛い。

 あんなにも憧れたロマンス小説だが、現実に自身がヒロインのような状況に置かれると、全くロマンスを感じない。その原因の一つは、フィクションでは問題にならない、仕事についてのことだろう。


「あの、私がやってた仕事は──」


「既に後任がいますので安心してください」


 なんと、エレナが一日休んでいた間に、既に後任まで決められてしまっていたらしい。退路を断たれ、もうエレナの居場所はそこしかなくなってしまっていた。


「はい……」


 渋々ながら頷いて、エレナは二日前のことを思い出した。確かにフェルナンはエレナが選んだ青を基調とした夜会服を着ていたが。


「あの、そもそもその呪い? っていうのが、私の力でどうにかなったとも限らないのではないでしょうか」


 エレナにそんな力、あるはずかない。ただ服が好きなだけの侍女である。ならば、灰色にならなかったのも、エレナの影響ではないかもしれないのではないかと思ったのだ。


「確かに、もしかしたらそうかもしれません。ですがこれまで何度も様々な方法を試しましたが、一度でも灰色にならなかったことはないのです。……貴女が鍵なのは、間違いありません」


「……ソウデスカ」


 どうしても表情は固くなり、同意の言葉は棒読みになる。そんなエレナを見て、バルドは少し申し訳なさそうに苦笑した。


「では早速、始めましょうか」


 そして、エレナはそのままフェルナンの私室へと案内された。





「これは……思っていたより、大変ね」


 エレナは従業員用の食堂で深く嘆息した。なんとなく近寄りがたいのか、女性の使用人たちは距離を空けてエレナの様子を窺っている。


「──聞いたわよ、エレナ。大丈夫?」


 そんな中、声をかけてきてくれたのは、ロマンス小説好き仲間でもあるリリアナだった。


「リリアナ……っ!」


 エレナはやっと救いの手を伸ばしてくれた友人に感謝をして、隣の席の椅子を引いた。リリアナは小さく礼を言ってそこに腰掛け、食事をしながら口を開いた。


「ご主人様の専属って、本当なの?」


「ええ、そうなの」


 率直な質問に、エレナは苦笑するしかない。次の瞬間、リリアナの目が輝いた。


「大変かもしれないけど、そんなに落ち込むこと? なんだか、デボラ先生のお話みたいじゃない」


「私、今回のことで理解したわ。お話は、お話だから素敵なのよ……」


 現実には、やっと仕事に慣れてきたところの突然の配置換えで、覚えることも初めてのことも多く、エレナはいっぱいいっぱいだ。主人へのお茶の淹れ方や来客時、執務時の側での控え方なんて、これまでに教わっていない。女主人がいないバジェステロス公爵家では主人の側仕えなどしないと思っていたし、パーラーメイドの仕事を覚えるのももっと先だと思っていた。


「そんなものかしら。でもほら、エレナはまだ婚約していないのだし、ご主人様の専属なら、小説みたいな素敵な出会いもあるかもしれないわよ」


 そう言うリリアナは裕福な商家の娘だが、幼馴染の男爵令息と既に婚約している。なんでも幼い頃からの約束だそうだ。リリアナの方が余程小説のような恋愛をしているだろうと、エレナは思う。


「そうよね。うん……期待しないで頑張る」


 まずは何より、仕事を覚えなければならない。そしてあの変わり者で切れ者でもありそうなフェルナンと上手くやれるよう、頑張らなければならない。


「うーん、そうね。私も、話なら聞くわ」


「本当? リリアナ、ありがとう……!」


「大袈裟よ、もう」


 リリアナは上品に笑って、エレナの頭を優しく撫でた。エレナより二歳上のリリアナは、エレナにとって、この公爵家では頼れる姉のようにも思っていた。

 少し軽くなった気持ちでエレナはフェルナンの私室へと戻った。

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