ありんことぞうさん
1匹のありんこと一頭のぞうさんがいました
ありんこは
無知だし乗り越えるべきものを乗り越えていない
ぞうさんは
ありんこの知らないことを知っているしありんこが乗り越えていないものを乗り越えてきた
ぞうさんは言います
1歩を踏み出しなさいと
ありんこはぞうさんになりたいので1歩を踏み出そうとします
ぞうさんは知っています
どうしたらありんこがぞうさんになれるのかを
ありんこは知りません
どうしたら自分がぞうさんになれるのかを
ありんこは自分で考え自分の足の長さで可能な範囲の1歩を踏み出します
それを見てぞうさんは思います
このペースではありんこがぞうさんになるには一生かかっても間に合わないと
ぞうさんの目線はとても高いのです
だからありんこには見えていないものが見えているのです
ありんこも時にぞうさんの背中に乗せてもらってその景色を見せてもらうことがあります
でも地面に帰るとそれは見えなくなってしまいます
ありんこは2歩目を踏み出します
でもぞうさんの1歩には程遠いのです
ぞうさんはありんこに言います
1歩を踏み出しなさいと
1歩踏み出したつもりのありんこはそこで思います
自分は1歩さえ踏み出せていなかったのかと
でもぞうさんにも一つだけ見えていないものがありました
それは、自分がどうやってぞうさんになったのか
気づいたらぞうさんだった自分は思い出すことしかできないことを
ありんこは食べ方を学んでネズミになります
ネズミは知識を得てキツネになります
キツネは戦い方を知ってトラになります
トラは世界を知ってライオンになります
そしてライオンは優しさを知ってぞうさんになるのです
ぞうさんはぞうさんのなり方を教えていることに気づきません
なぜならぞうさんは1歩踏み出し、そこに水溜まりがあっても泥を払えば済むからです
ありんこは1歩踏み出した先が水溜まりだったら一溜りもありません
実はぞうさんの目の前には海がありました
そう、ぞうさんの次の1歩の先には海が広がっていたのです
ぞうさんはいつしかクジラになろうとしていたのです
ぞうさんがクジラになったら地面にあるものは余計見にくくなってしまいます
ありんこは早くぞうさんになれるようにまた1歩を踏み出します
それを見て違うぞうさんは言いました
その1歩は間違っている
ありんこは水溜まりに入ってしまったのです
ありんこは小さな体で水溜まりから抜け出そうと必死になります
息継ぎも上手にできないありんこは苦しくなりながらも溺れることだけはあってはならないともがきます
ぞうさんはそれを見て言います
自分も昔同じ思いをしてぞうさんになったのだと
ありんこはそれを聞いて安心して少し余裕ができたので周りを見渡します
するとその水溜まりにはなんと他のありんこも落ちていたのです
同じように息継ぎが上手にできず溺れかけているありんこが
見るとその中には今にも溺れそうなありんこ、水溜まりから出ることを諦め引き返そうとしているありんこ、泳ぎ方を覚えて金魚になろうとしているものまで様々なありんこがいました
そこでありんこは気づいてしまいます
この水溜まりを抜けるには泳ぎ方を覚えなければならないことを
ありんこがありんこのままで渡り切るには難しいことを
ぞうさんは忘れていたのです
ぞうさんが言う1歩とは、ぞうさんが踏むことのできる1歩で、そこには何万歩と踏み出さなければならない道のりがあることを
ぞうさんには時間がありません
クジラにならなければならないからです
ですが優しさを知っているぞうさんは言い続けます
頑張れと
ぞうさんは頑張りの形を知っているのです
ありんこは短い足をバタつかせます
そこでありんこは知るのです
自分は泳ぎが得意ではないことを
ぞうさんは言います
頑張れと
ありんこはたくさんの水を飲みました
いつしかお腹は水でいっぱいになって重くなっていました
周りを見渡すと破裂しそうになっているほど水を飲んでいるありんこもいました
いつの間にか水を飲んでしまうことを恐れて引き返すありんこが増えていました
水を飲んでしまうことが怖かったのです
怖がりのありんこ達は実は当たり前のようにそこにある水溜まりの存在を知らなかったのです
泳ぎの苦手なありんこは水溜まりを抜ければお腹の水を吐き出すことができると信じて短い足をバタつかせます
ぞうさんは言います
1歩踏み出しなさいと
1歩踏み出せば見えてる世界は変わるのだと
ぞうさんは自分に見えている景色を見ながら言います
ありんこは時折泥で目の前が見えなくなりながらも必死で水溜まりの先を思い描きます
その先が、ぞうさんの見えている景色のはるか後方だと気づかずに
その水溜まりが、実はぞうさんの足跡にできたものだと気づかずに