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四十七本目 皆、笑え!!

◇楓


 部屋には天女様数名もやってきて、私のピンク色の髪はシンプルながらも上品で華やかな結い方でまとめ上げられた。肩口近くには、白い生花も飾りとして差し込まれている。


 巴ちゃんは、手際よく黒引き振袖を私に着せつけてくれた。以前、精霊のお客様にこのお着物を見つけてもらって以来、いつかこれに袖を通すことができればとは思っていた。それが、ついに実現したのだ。


 良い黒だ。


 母さん……


 母さんが結婚した時に身につけたこの着物。それを、私が、着る。


 母さんは、これを着て、結婚して、止まり木旅館の女将となって、私を産み、育ててくれた。私もこれを着た限りは、ここから母さんのように頑張っていかなくてはならない。改めて女将としての責任を感じると同時に、母さんの存在が着物を通してすっと自分の中に深く浸透していき、胸がいっぱいになる。


 姿見に映る私。こうして見ると、千歳さんの気持ちも分からないではない。私、また母さんに似てきたかもしれない。


 私はいろいろと感慨深いものの、あまりにも慌しすぎて、ヘトヘトになっていた。お水を一杯飲ませてもらって、一息ついたのも束の間。巴ちゃんに手を引かれて、すぐに部屋の外へと連れ出された。


「どこに行くの?! 翔はどこ?!」


 辿り着いたのは、礼くんの部屋だった。


「楓さん。泣かないでくださいね?」


 巴ちゃんはにっこりする。どういう意味だろう?


 私は何も考えずに、部屋の襖を開いた。






 え………






 ここは、以前翔が使っていた部屋。つまり、仕入れ担当の者の部屋。つまり、部屋の真ん中には、『扉』が浮かんでいるのだ。


 それだけなら、別に驚いたりはしない。でも今は……


「母さん……」


 ごめん、巴ちゃん。涙、我慢できなかった。


「楓……」


扉の向こうには、母さんがいた。


嘘……でしょ? もう、会えないはずだったでしょ? なんで……


「楓、こっちへおいで」


ふと見ると、研さんが私に向かって手招きしていた。翔を始め、従業員の皆、密さんもいる。


「この扉、液晶画面か何かになっちゃったの?」


私の目には、母さんがあまりにもリアルに見える。まるで、本当にそこにいるみたいに。


「違うよ。千景は、扉の向こう、すぐそこにいるんだ」


その声を聞くやいなや、私は扉に走りよった。


「母さん!!!私……!!私……!あのね……!!!」


 扉の向こうにいる母さんに手を伸ばすも、見えない壁に阻まれて、母さんに触れることはできない。母さんも、私に抱きつこうと手を伸ばしてくれたけれど、扉を超えることはできないようだ。こんなに近くにいるのに、やっと、やっと! 会うことができたのに! 母さんが本当に生きてるって実感できたのに、触れられないなんて……!!

 私は無力感に襲われて、一層大粒の涙が溢れてきた。



「楓……それ、着てくれたのね。よく似合ってるわ。綺麗よ」


「母さん……」


「お父さんを……神を恨んではいけないよ。時の狭間を安全な空間として保つためには、そう簡単に行き来できるようにすることはできないのよ」


 母さんは私を諭すように、落ち着いた声で語りかける。


「今、母さんはね、『養翠之館ようすいのやかた』の古い蔵にいるの。翔くんも、礼くんも、止まり木旅館の仕入れはここを通って行っていたのね。今日初めて知ったわ」


 クスクス笑う母さん。実は母さんが、本当に近くにいたという事実。確かに笑うしかないかもしれない。


 母さんによると、仕入れ係が蔵の鍵を管理すると同時に、蔵の中は仕入れ係の任に就いている者しか入れないように細工されているらしい。さらに、蔵に『扉』があることを誰にも言わないことで、第三者が時の狭間へ危険物が持ち込んだりできないような仕組みになっているとのこと。この秘密の管理方法は、導きの神よりも上位の神様によって定められた約束事なので、これまで私にも知らされていなかったそうだ。



「じゃあ、今回この事を知ってしまったのはいいのかしら……」


「大丈夫よ。婚儀で密さんが舞って、八百万の神々を集めてくださったのでしょう? その中に、神々の中でも最も偉い大神様もいらっしゃったらしいの。そしたら今回、お父さんの口添えもあって、私が扉ごしにあなたと会えるよう、取り計らってくださったそうよ!」


 近くにいる研さんはどこか得意そうな顔をしている。


「これ以上嬉しいお祝いなんて、考えられないわ」


 私は研さんの方に向き直った。


「ありがとう。…………お父さん」


 研さんの顔がくしゃっと歪んだ。嬉しいのか悲しいのか分からないような顔。彼は、声にならない声をあげて、私に向かって腕を広げた。



 私は、その腕の中に飛び込んだ。

 研さんは、石鹸みたいな香りがした。




「はーい! 千景さんが蔵のなかに居られるのは1時間だけですから、そろそろ記念撮影やりますよー!! 潤くん、準備はいい?!」


 しばらくすると、巴ちゃんから声がかかって、私は研さんから離れた。翔が私の身体を後ろから包む。そんなに妬かなくてもいいのに。


 私と翔は扉の前に置かれた椅子に座った。後ろには扉越しに母さん。その隣に研さん。さらに従業員の皆が私達の周りに集まって、全員潤くんが構えているカメラの方に注目する。


「はい! じゃあ撮りますよー?! 10秒後ですからね!!」


 潤くんは、三脚の上のカメラのボタンを押すと、走ってこちらへやって来た。赤い光が点滅している。その光の瞬きはすぐに速くなった。


「皆、笑え!!」


 それまでずっと静かだった密さんが、鈴の音と共にこんなことを言うものだから、うっかり笑いそうになった。

 次の瞬間……強い光と共に、シャッターはカシャリと下ろされた。




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