表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/54

三十六本目 青の宝石

◇翔


 グジャルダンケルには、古くから語り継がれている伝説がある。竜を神格化して崇める民の間では、民謡や歌劇になっていたりもするようだ。



  竜が住まう山々に

  美しい青の宝石あり

  

  竜の力が詰まったそれは

  触れるとたちまち病が治り

  砕いた欠片を飲み干せば

  全ての罪が赦される

  

  身に纏ってくるりと舞うと

  枯れた畑に緑が戻り

  花々咲いて果実は実る

  

  剣につけて空を切れば

  金銀財宝現れて

  竜の山から春風吹くと

  民に幸せ運ぶだろう

  

  青の宝石 洞窟にあり

  山の頂 聖なる場所に

  竜のみぞ知る暗闇に



 人々は、さすがに伝説全てを真だとは思っていないだろう。しかし、青の宝石には良い印象を持っていることは間違いない。よくもまぁ、ここまで真実がねじ曲げられたものだ。竜の俺からすると笑っちゃうぐらい。真実なのは宝石の在処だけだ。


 では、どこが嘘なのか。実はこの伝説、竜の間でも、代々受け継がれている。長い間、子孫から子孫へと。ただしそれは、ただの伝説ではなくて大切な教訓としてだ。


 竜の母親は、青の宝石の話を子守唄にして子に歌い聴かせ、引き継いでいく。俺も小さい頃、他の兄弟と共にその歌を聴いて眠りについていた。正直子守唄にするにはイマイチな内容なのだが、そうしてでも刷り込んで洗脳したいという心意気だけはしっかりと伝わってくる。内容はこんな感じだ。


 昔々、青い竜が山に棲んでいた。ある日、姿を人に変えて街へ下りたところ、美しい娘と出会い、一目惚れする。娘も人の姿になった竜に惹かれて、竜と娘は恋仲になった。


 娘はまもなく竜の子どもを腹に宿す。しかし娘は生活のために、腹の子どもを堕ろして別の人間の男の元へ嫁いでしまった。


 竜は深い悲しさを抱えて山に戻る。竜はもう、人を信頼できなくなっていた。そして、今後子孫が、誤って人と深く関わることで再び傷つくことがないように、その身を贄として呪いをかけたのだ。二度と、竜と人の間に子ができぬように。生命を粗末にすることがないように。


 青の竜はその身を光で焼いて青い結晶となり、山脈の最も高い山の頂きから地中に潜ってその呪いの力を拡散した。そして今に至るまで、竜と人の間に子は誕生したことがない。



 要するにアレだ。ちょっと自分が人間の男に負けたからって、全ての人間が信用ならないと思ったり、うさ晴らしに変な呪いをかけるだなんて、やっぱり青い竜って奴は相当なひねくれ者だったのだろう。お陰で俺は大変迷惑している。だから俺は、その呪い石、もとい青の宝石をとりあえずぶっ潰すことに決めた。


 はるか昔からグジャルダンケルでは、青の宝石を手に入れるために冒険へ繰り出す人々が数多く存在した。たいてい、宝石を見つけることができず帰還するか、旅先で野垂れ死ぬ。稀に宝石を発見するところまで到達する者もいたようだが、どういう訳か宝石を手にできた者は1人もいない。しかし、宝石に関する証言はわずかに残されていた。


 宝石は青く光っていて、周囲には何の仕掛けもあるようには見えない。しかし、接近して触れようとすると何かが起こるそうだ。生還した人々は、身体の一部を失っていた者が多いことから、宝石が何らかの攻撃を仕掛けてくると考えて良いらしい。これは、俺がバーの親父に売ってもらった情報だ。


 さて、どうしたものか。俺は宝石に馬鹿みたいなご利益があるとは思っていないが、記念に持ち帰るつもりではある。呪いの石でもあるこれは、悠久の時を超えて娘を想い続ける竜の心の形でもあるから、『変わらぬ思い』という意味では縁起が良いだろう?


 でも、こんなデカイ宝石まるごと欲しいわけでもないし、まずは、呪いを解くためにこれを破壊したいと思っている。


 俺は、宝石にさらに近づいた。見ると、宝石の中では何かもやもやしたものが対流し始めた。まるで生き物のような生命力を感じる。これが呪いの力か。


 俺はこの日のために何も用意してこなかったわけではない。俺は、この世界、グジャルダンケルには存在しない硬質な素材でできた刃がついたナイフと苦無を持ってきている。礼や忍からの助言を得て、日本の刀鍛冶職人に鍛え上げてもらったものだ。


 今のところ、宝石からはこちらへの威嚇は何も無い。けれどもっと接近すると危険が予想される。だからこその飛び道具だ。


 これで、全ての憂いを払う。


 俺は、苦無を手に取り、投擲の姿勢をとった。その時……


「浅はかな子竜よ」


 青の宝石から声がしたのだ。深い霧の向こうから投げかけられているかのような、妙な響きのあるくぐもった低音。


「人間の女を信じるな」


 俺は今、身体の一部が少し竜化しているものの、ちょっと鱗が出ているぐらいのもの。姿は人間とほぼ変わらない。なのにこの青の宝石……いや、青い竜は、俺が竜であると認識したのだ。


 竜だと言われて嬉しい気持ちになったのは一瞬のこと。宝石は、俺が呪いを解き放ちにきたことを勘づいているらしい。俺は気を引き締めなおして、宝石に向き直った。



「自分が騙されたからって、皆同じだと思うなよ。俺はあんたより見る目があるつもりだ」


「若造が生意気な」


「それに、俺の楓はただの人間じゃない。時の狭間と俺にとって、すごく特別な人間なんだ。あんたを捨てた女と一緒にされちゃぁ困る」


「あの子を侮辱する気か……?!!!」


「あれ? じーさん、捨てられちゃったのに、まだ好きなの? でもその子、とっくの昔に死んじゃってるよね?」


「お前に何が分かる?!! もし子どもが生まれていたら、今頃子孫が繁栄して……」


「ありもしないことを想像してさ、しかも、いつまでもグズグズと引き摺って……あんた、ほんとカッコ悪いな。けど、俺はそうはならねぇよ」


「お前は何も分かっていない!! 考え直す気がないというのなら、我が直々に正しい物事というものを叩き込んでやろう!!!」



 宝石の内部の対流が急に激しくなったかと思うと、徐々に青い光が暗くなり、代わりに禍々しい黒のもやが渦を巻きながら辺りに漂い始めた。途端に、少し息がしづらくなってくる。まずい。こういう無形のものに対する備えは何もしてこなかったのだ。でも、本体を叩けば勝機は見えるはず。俺は、苦無を構え直した。


「俺達なら!」


 まず1発目を放つ。カキーンという音と共に弾かれた。しかし、小さなヒビは入った様子。


「あんたの代わりに!」


 2発目。今度は宝石に苦無が突き刺さった。するとその割れ目からどす黒くてドロドロしたものが溢れ出して、どんどん気体化し、視界はさらに薄れていく。


「ずっと、ずーーっと一緒に生きて!」


 3発目。正直、宝石を狙ってるつもりだが、視界が悪すぎて命中させられているのか自信がない。それでも!


「可愛い子どもも授かって!」


 急に宝石の裂け目から、強い光を伴ったカマイタチのようなものが発せられた。この宝石、竜の力が使えるのか?! なんとか腕の鱗に当てて弾き返したが、右頬を掠ってしまった。流れた血が口の中に入ってきて、クソ不味い。『やられたらやり返す』は基本中の基本だ。できるならば、10倍返し!


 もうこうなったら、いちいち苦無を飛ばしてるのでは埒があかない。俺はナイフを取り出すと、カマイタチを掻い潜りながら宝石の方へ駆け出した。そして、4発目。


「竜と人でも!」


 砕くしかない。この宝石を、この竜の悲しみを、長きに渡るこの因縁を、俺が叩き割って、砕いて、散らして……


「幸せになれるってことを!!」


 5発目、6発目、7発目……。もういい、何回でも何回でも言うよ。


「俺は楓を離さないってことを!!!」


 駄目だ。この黒のもやは毒があるのだろうか。意識が遠ざかっていく。でも諦められるわけがない。この呪いを解いたら、この青の宝石の欠片を手に入れたら、今度こそ俺は……


「証明してやるからな!!!!!」


 最後の最後の力を振り絞って、ナイフを宝石に切りつけた。途端にメリメリメリと大きな音を立てて宝石全体に細かなヒビが広がる。そして、中にうごめいていた黒のもやが爆発的な勢いで、一気に辺りへ霧散して……


 俺は、黒い突風に吹き飛ばされた。


 身体が、宙を舞っている。全ての景色がスローモーションで見える。目の前に漂うのは、流れ星みたいに美しく輝く青い欠片。慌ててそれを掌の中で掴み取った瞬間、そこで意識が途切れた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ