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三十本目 ここに住みます

◇楓


 第1回時の狭間懇親会。


 私は、団体のお客様を迎え入れる心づもりで受け入れるつもりだ。いつものように台帳に情報が載っていればいいのだけれど、今回はそうもいかない。もちろん、研さんに助けを求めれば、何らかのヒントをもらえるのかもしれない。でも、これは女将になった私に与えられた試練。私は、私の手でこの難局を取り仕切り、乗り越えたいと思っている。


 昨晩、桜ちゃんから彼女の知る限りの情報を教えてもらった。時の狭間の住人についてだ。


 『宿り木ホテル』は、母さんの弟である千里せんりさんとその奥様、梓さんご夫妻、そして桜ちゃんが経営者一族だ。他にも従業員が10名程いるそうで、ホテルの規模としては、止まり木旅館よりも少し大きそうだ。今もお客様が何組も長期滞在していて、経営者一族以外の従業員と、ものぐさな千里さん夫妻は親睦会に不参加との見通し。


 次に、『旅館木っ端微塵』。私が初めて止まり木旅館から出かけた際に行ったお宿だ。経営しているのは母さんの2番目の弟、千歳さんで、まだ独身。従業員は1人だけで、どうやらおしゃべりなおばちゃんらしい。なるほど、ロマンスに発展しないわけだ。


 そして、『木仏金仏石仏』。母さんの妹である千鶴さんご夫婦と、その息子である椿さん。それから、椿さんの双子の姉、柊さんが仕入れ係をやっているそうで。他の従業員はおそらくいないとのこと。悪い方達ではなさそうだけれど、人付き合い苦手そうだものね。納得。


 最後に、今回の元凶『金のなる木』。母さんの3番目の弟である千草さんが経営している。この方は独身だけれど恋人がいて、その彼女が仕入れを担っているらしい。桜ちゃんに言わせれば『色ぼけババア』。どんな人なのかしら……。翔に手を出されない限りは、私の敵ではないけれど、ちょっと気になる。


 あれ、もしかして人数はそれほど多くない? そう考えれば、いつかの修学旅行生の団体様よりもずっと楽ができそうな気がしてきた。いや、楽にちがいない! そう思わないとやっていられない!!


 皆は、私が渡したメモを片手に持ち場へ戻っている。礼くんは早速仕入れに出かけた。私も準備全体の進捗を確認しながら、厨房でお料理の下ごしらえを始めていた。


「……緑」


 はっと振り向くと、厨房の入口にある暖簾の向こうに緑の人影が見えた。もしかしなくても、グリーンマンである。


「どうかされました?」


 私が暖簾を手で掬って外へ顔を出すと、グリーンマンはお肌がつやつやしており、とても元気そうに見えた。


「……温泉入りました。緑の薬湯……とても良かったです。……湯上りの青汁も……美味しかった……」


 どうやら、研さんがおもてなししてくれたようだ。彼の好みに合わせて、いろんな緑のものを提供したのだろう。グリーンマンの口調は相変わらずのゆっくりだが、ご満悦であることはよく伝わってくる。


「後はたくさん……緑のものを……食べるだけ……」


 だめ。やっぱり、イライラする。このクソ忙しい時に、まったり口調で話しかけられるのは、なかなかに神経を逆撫でされる心地なのだ。で、何? おなかすいたってこと?


 私は、ピーマンを天ぷらにしながら、作り置きしていたほうれん草のおひたしと、わかめたっぷりお味噌汁、抹茶アイス、それに豆ご飯を器によそってお盆に乗せて、ずいとグリーンマンに突き出した。



「はい。グリーン定食ですよ!」


「……素晴らしい! ……ここに住みます」



 は? 今、とんでもないことが聞こえたような。気のせいだよね。そう、気のせい、気のせい〜と。


「……働かざる者……食うべからず……ここを……手伝い……ます」


 ……気のせいじゃなかったようだ。やはり、緑色にカビが生えた食材を1品出して、嫌がらせしておくべきだったか。


 グリーンマンは腕まくりして手をきれいに洗うと、壁にかけていた粋くん用のエプロンを手に取り、なぜ緑じゃないんだ?とかぼやきながら身につけた。


 あなた、宿り木ホテルではどうせ働いてなかったんだから、どうせ使えない人なんでしょ?と思ったのは秘密。けれど、やる気があるのは良いことだ。なにせ、今回は時間がない。猫の手も借りたいところだから、グリーンマンの手も借りてみよう!



「あの……お料理の経験は?」


「宿り木ホテル……でも……時々……手伝って……ました」


「よし! じゃぁ食べ終わったら、この野菜を……そうね、全部皮を剥いておいて。で、一口大に切ってくださいね。そう、これぐらいの大きさ。では、よろしく! 私は皆のご飯の仕込みもしないと〜」



 グリーン定食をぺろりと平らげたらグリーンは、すぐにまな板に向き合った。包丁を扱う手つきは慣れた様子。なんだ。ゆっくりなのは口調だけで、やればできるんじゃないの! ちょっと見直してしまった。


 私とグリーンマンがもくもくと仕事していると、廊下の方からパタパタと大きな足音が近づいてきた。そして暖簾の向こうから現れたのは……


「楓ちゃん! 久しぶり! ……あぁ、まるで姉さんがここにいるかのような。その横顔……お玉を持ち上げる仕草……姉さん!!」



……千歳さん、相変わらずですね。で、懇親会は明日ですよ? 何しに来たんですか?


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