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二十九本目 女将としての決定

◇楓


 グリーンマンが粋くんを追いかけ回し、途中で糸が切れたかのように眠ってしまうという事件が起きた次の日。止まり木旅館は、朝から新たなお客様をお迎えしていた。


 今回のお客様は、4足歩行。言葉は話せるようだが、言っている意味は分からない。ちなみに、男の子だ。さっき泣いたのでおしめを代えたら、私に無いものが有ったから。


 笑顔が大変愛らしい。お傍に寄ると、私の膝によじ登り、抱きついてきた。そして胸に頬ずりした途端、この世の終わりを迎えたかのように血相を悪くしたではないか! ちょっと待て、コラ。まさか、失礼なこと考えてるんじゃないでしょうね?!


 弾けるようにして私から離れたお客様は、巴ちゃんの方に向かった。さっきと同じようにして膝の上に登ると、頬をスリスリ。今度は満面の笑み。小さな手を巴ちゃんの胸に押し当てて、涎をダラダラ垂らしている。ちょっとこれ、もしかして、見た目は赤子、中身は親父っていうオチじゃないわよね?!


 その瞬間、背後に扉が現れた。つまり、この旅館に巴ちゃんがいなかったら、お帰りになれなかったってこと?! 女将としての力量不足は仕方がない。まだ女将になってからは日が浅いもの。でもここがちっちゃいがために、お客様を満足させられないだなんて……!!


 昨日、研さんは、松の間を元以上の美しさに修復してくれた。神の力を使えば私の身体も……?! ……って、あの人にそんなこと頼むのも癪だわ。やめておこう。


 私の胸中の複雑さをよそに、お客様は4足歩行で扉の向こうへと消えていった。


 例えお客様が、私の胸にケチをつける失礼な河童の赤ちゃんであっても、最後の御挨拶ぐらいちゃんとする。


「この度はご利用ありがとうございました。もう二度とお会いすることがありませんよう、従業員一同お祈りしております」


 『もう二度と』の部分を強めに言ってしまったのは多めに見てもらおう。だって、ムカムカするんだもの!


「楓さん!」


 突然、客室の襖がスパーンッと勢いよく開いて、桜ちゃんがこちらへやってきた。


「そんなに慌ててどうしたの?」


 桜ちゃんは肩で息をしていて、止まり木旅館のお客様用浴衣のままだ。昨夜は遅くまで話をしていたので、さっきまで寝ていたのだろう。寝癖がついた彼女もまた可愛い。


「これ! ……これを見てください!!」


 私は、桜ちゃんが袖の中から取り出した紙を受け取った。折り畳まれていた紙を開くと、巴ちゃんもやってきて、一緒に中を覗き込む。


「……嘘……でしょ?」


 結論から言おう。緊急事態発生!!


「巴ちゃん、うちの従業員全員を控え室に集めて!!」


 何これ? 喧嘩売ってるの? まちがいなく売ってるよね? うちが何したっていうのよ?!


 私は一度女将部屋に戻ると、筆をとって今日の段取りをリストアップし始めた。昨夜の話し合いでは、いくらなんでも1週間ぐらい先のことだろうと皆で予想していたのに……。


「楓さん、全員揃いました!」


 私は、巴ちゃんが呼びに来てくれたので、急いでリストを書き上げると、従業員控え室へ向かった。


 部屋に入ると、全員戸惑った様子でこちらを見上げている。


「皆、聞いて! 時の狭間懇親会が開催されるのは、明日ということが判明しました!」


 一瞬音が消えた室内。でも次の瞬間、「えーーー?!!!」とい大声が鳴り響く。


 実はあのグリーンマン、手紙は2枚あったのに、1枚しか渡してくれていなかったのだ。桜ちゃんがグリーンマンの服を畳んでいた時に発見したらしい。っとに、あの野郎!!


 すると、忍くんが立ち上がった。


「楓さん、他の宿の人間がやってきても、追い返しましょう。初めて同業者の団体を迎えるとなると、いつも以上に準備が大変です。さすがに昨日の今日というのは無理ですよ」


 見渡すと、皆頷いている。そこへ、粋くんまでが立ち上がった。


「それに、こちらへ断りもなくイベントを設定するだなんて、普通に考えてとても失礼なことです! こういうことは一度認めると何度も起きるものですから、毅然とした態度で断固拒否すべきですよ!」


 粋くんは、興奮しているのか眼鏡を曇らせている。巴ちゃんも、少し不安そうに俯いているし、研さんも口を固く閉じていて、表情はうまく読み取れない感じになっていた。潤くんは……あぁ、書記係やっているようだ。あなたはいいわね、マイペースで。


「私もちゃんと考えたの」


 考えたと言っても、2、3秒だけれど。


「今から話すことは女将としての決定です。反対する人は、敷地から出ていきなさい!」


 私の言葉に、部屋の中は再び静かになった。リミットは決まっているのだ。しょうもない話し合いで、貴重な時間を食うわけにはいかない。


 敷地の外に広がるのは、どこまでも続く白い地面と白い霧。行き倒れて門の前に戻ってきても、敷地に入れないのであれば、残る道なんて……。だから、少々キツイ言い方だったのは分かっている。でも……!!


「止まり木旅館は、懇親会会場としての役目を引き受けます。これは、『金の成る木』からの挑戦状!私は、これに受けて立ちます!!!」


 先程私があんなことを言ってしまったからか、驚いた表情の人もいるが、誰も何も声を発さない。


「これまで止まり木旅館は、どんなお客様も誠心誠意お迎えし、おもてなししてきました。そして、ほぼ全てのお客様を満足させ、短期間の滞在だけで元の世界へお帰りいただくことに成功しています。これは、驚異的なことなんです。これも、ここにいる気概に溢れた従業員の皆が、それぞれの役目をしっかりと全うし、1人ひとりのお客様へ真摯に向き合ってきてくれた結果。お客様が何者であろうと、何を言い出そうと、いつもあらゆる知恵を絞って解決してきました。そんな止まり木旅館に、不可能はありません! 懇親会というのは、名前だけ。考えてみてほしいの。今回は他のお宿の従業員の方々が、止まり木旅館のお客様。今までだって、急にお迎えすることがたくさんあったじゃない? でも、全部私達は乗り越えてきた。ここでお迎えできないだなんて言い出したら、うちの名前が廃るってものよ! いい? 今こそ止まり木旅館の力を結集する時。そして、失礼な発案者をギャフンと言わせてやりましょう! うちの実力を見せつけるのよ!!!」


 私が言い終わると同時に、部屋の全員が立ち上がった。



「じゃ、やりますか!! でも、書庫には入れてあげません!」


「よし、こうなったら直々にやっつけてやる! 今夜はしっかり訓練しておこう!」


「うちの完璧さを見せつけてやるんだから! 鎖鎌は手入れしてるから、いつでも使えるわよ!」


「仕入れ、たくさんやっとかないとなぁ」


「いろんな話が聞けそうで楽しみです! 楓さんも何かやらかしてくれそうで楽しみ!!」


「久々に、特製ドリンクでも用意しておこうか」



 いつもながら、妙な反応も混じっているが、皆、なんとか賛同してくれたようだ。本当に良かった。きっと私についてきてくれると信じていたけれど、ほんの少し抱け不安もあったのだ。


「じゃ、よろしくね!!! 気合い入れていくよ!!!」


 皆の瞳に力がみなぎる。


 私は、女将部屋で書いてきたリストのメモを従業員の皆に手渡した。


「さ! 急いで! できるだけのことをやりましょう!!」



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