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二十六本目 ごめんね

◇楓


 導きの神の登場は、それからすぐのことだった。密さん、仕事が早すぎるよ。報告とか、もっとゆっくりでいいのに……。


 ともかく、現れた神は、すっかり止まり木旅館の従業員仕様になっていた。長い薄紫の髪を後ろで結い上げて、茜色の品の良い着物をきっちりと着込んでいる。


「どう? 懐かしいでしょ?」


 懐かしいって、そんじょそこらの女子よりも綺麗な女装のことですか? 頼むから、娘よりも胸を盛るのはやめてくれ。



「でも、ここに居ることが他のお宿に知られたらまずいんじゃ……。今は桜ちゃんもいるのに!」


「いやいや。これまでずっと居たはずの『研』っていう従業員が、忽然と姿を消したことの方が怪しいよ。この閉鎖的な時の狭間では、逃げ場なんてないはずなのにね。だから、こうやって復帰して、楓の傍にいるのが一番なんだよ」



 予想外にも、正論で返されてしまった。確かに一理はある。でも、研さん(まだお父さんと呼ぶ気にはならないの。)がいることで、翔との時間が少なくなりそうな予感も……。そもそも、研さんは、どこまで私達を認めてくれているのだろうか。もし、完全に反対しているならば、早急に追い出さねばならない。翔とは、あの2人を追い出すことを約束したものの、新たに変なの3人も迎え入れていることが知れれば、きっとすごい勢いで叱られてしまいそうだ。どうしよう……。


 よし、こうなったら覚悟を決めるしかない。その時、私の中で1つのアイデアが思い浮かんだ。



「分かりました。ですが、条件があります」


「なぁに?」


「男湯の脱衣場、立入検査をさせていただきます! 私の予想では、私に知られたくない何かを隠しているような気がするのよね。ちょうど良い機会だから、暴かせてもらいます!!」


「か、楓……世の中には知らない方が良い事もたくさんあるんだよ?」


「そんなに、危険な物を保管してあるんですか?」



 何も、タダで受け入れることはないと思ったのだ。あそこの事は、従業員の男衆も揃って口を割らないものだから、随分前からとても気になっていた。聞き出すなら、今がチャンス!


「……私だけのことではないから、話せないよ」


 え? 止まり木旅館滞在がかかってるのに、話してくれない? それ程までに大きな秘密があそこにはあるのだろうか。もちろん、こっそり夜中や朝方に忍び込むこともできるかもしれない。でも、それが皆にバレて、皆からの信頼を失ってしまうのは絶対に嫌だ。だから、正攻法でいきたかったのに。


「じゃぁ、せめて、何をやっているのかぐらい教えてください。何か、研究してたんでしょ?」


 そもそも、研さんは何やら研究っぽいことをしているから、こんな名前になったのだ。でも、何の研究をしていたのかは分からないままだった。


「あぁ、あれは、いろんな効能の入浴剤を作ってたんだよ。良い物ができたら、千景の旅館の土産コーナーで売ってもらおうかと思ってね」


「それ! それだわ! 研さん、その売上は止まり木旅館に納めてください! 運営資金に使います!」


「楓、きんが足りていないのかい? それならば、また万智さんに……」


「違うんです。研さんに用意してもらったお金は、今のところ足りていますけれど、ずっと頼り続けるのは嫌なんです。そろそろ、ちゃんとまともな方法で手に入れたお金で、旅館運営する時期に来てると思うんですよね」


「それって、客からも金をとるのかい?」


「それは全く考えてません。だから、時の狭間発の何かを外の世界に出していきたいんです。もちろん、研さんだけじゃないですよ。他の皆にも、何か売れるものを考えてもらいます!」



 実は、前々から考えていたことだ。止まり木旅館は、これまで住んでいた所から完全に切り離されて、お金の心配なんてすることなく、落ち着いて滞在することができる場所。疲れた羽を休め、また飛び立っていくことができる、魂を再生するためのお宿なのだ。そのためには、お迎えするお客様のために、何か別の方法で稼がなくてはならない。


 仕様上、時の狭間から外の世界への人が移動することはできない。でも、物ならばできる。私は、これを利用できないかと考えていた。


 幸いというか、止まり木旅館の従業員はちょっと変わった人達ばかりだ。それぞれの持ち味を出した何かを外に出していくことで、この狭いお宿に閉じ込められている狭苦しさも少しは緩和するのではないだろうか。


「ごめんね」


 その時、研さんは、すっとその姿を変えた。なんと、導きの神の姿に戻ったのだ。


「楓は……外の世界に行きたいのだね」


 喉がきゅっと閉まるような心地がした。外の世界に行きたい……? 私が? そんなこと、考えたこと……もちろん過去にはあるけれど、今はそんなことない。ここに居たからこそ、翔に、そして皆と出会えた。ここには戦争もなければ、飢饉もない。どこよりも平和な場所。ここより良い場所なんて、あるわけがない。だから、今更外の世界に行きたいだなんて……。


「私は……」


 なのに、うまく声が出ないのは、何故?


「楓。また、私のせいだね」


 導きの神は申し訳なさそうに眉を下げて、肩をすくめた。


「でも、楓達の事は、ちゃんと考えてあるからね。だから、もう少し待っててね」


 彼は、私の方へ手を伸ばした。


「え……」


 驚いたことに、その手は私の胸を突きぬけて、身体の中にすうっと吸い込まれていったのだ。痛みはない。でも、なんなのだろう、この感覚は。温かで穏やかなものが心の泉から湧きい出て、それが潮流となって全身を駆け巡る。たちまちほっこりとした心持ちになって、さっきまであんなに刺さくれていたことが嘘のようだ。

 私は、導きの神の顔をそっと見上げた。


「これは、楓にもできることだよ」


 導きの神は、ようやく私の身体から自身の手を引き抜いた。

 私にもできること? とても信じられない。だって今のは……まさしく『神業』だった。



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