十八本目 死神の歌声
◇楓
どうしたのだろう。台帳によると、今日は確かにお客様がお越しになるはずだったのだ。これまで、台帳に偽の情報が出たことは、一度も無い。では、なぜ、まだお着きにならないのだろう。
現在の時刻は夜の10時。私は、いつもの藤色の着物を着たまま、玄関先で待機している。暇だから、すっかり夜のルーチンになってしまったアレでもすることにしよう。
あのね、別にもう、椿さんのことをどうこう思っているわけではないのよ? 彼、実際に成長しているかどうかは別として、努力はしているから。それは認めている。けれど、やっぱりイライラは積もってゆくものなのだ。
さて! 用意するのは、藁の束、紐、釘、金槌。以上だ。まずは、藁の束を使って藁人形をこしらえる。こう毎晩作っていたら、手慣れたものだ。次に、それを門の近くの松の木の幹に紐で括りつける。ちょうど胸ぐらいの高さにしておくことがポイントだ。ここまでくれば、金槌を片手に、気が済むまで力一杯、釘を打ちつけるだけ。ね? 簡単でしょ?
「良い夜ね」
あらら、今夜はもう一名参加者がいるようだ。里千代様である。
彼女は、相変わらず私のことが気に入らないようだけれど、しばらく前から夜はこうやって普通に接してくれることもでてきた。そして、共にストレス解消する仲間となったのだ。
「私に~何も言わずに~勝手に異世界へ~行っちゃうなんて~許さないんだから~!!!」
里千代様は、ノリノリで金槌を握っている。彼女が藁人形に向き合う様は、私がやる以上の迫力が出ていること、間違いなしだ。長い黒髪を振り乱しながら、ひたすら釘を打ちつけている。あまりに激しいので、藁人形は幹から外れて、地面に落ちてしまった。
そう。里千代様は、翔に対してご不満なのだ。彼女が体調を崩してボヤボヤしている間に、翔は私だけに出発の挨拶をして行ってしまった。もちろん私は、キスされたとか、そんなことは彼女に話していない。でも、この手のお嬢様はプライドが高いからか、自分がスルーされるだなんて、受け入れがたいことなのだろう。まぁ、愛憎って紙一重というからね。あー、怖い、怖い。
その時、止まり木旅館の門がすーっと開いた。私は、慌てて居住まいを正す。
「ようこそいらっしゃいました!」
椿さんは……いない。昨夜、ぎっくり腰が未だに治らない礼くんと話し込みすぎて寝不足だとか話していたから、今夜はもう休んでしまったかもしれない。
止まり木旅館に入ってきた男性は、黒いローブを着ていて、目深にフードをかぶっている。表情はよく見えないが、ふとこちらと目が合ったような気がした。その次の瞬間……
「危ない! マギィ・リィト・スターク・グローズ!!」
彼はそう叫んでこちらに飛んできた。えええ、今のは何語なの?!
止まり木旅館のお客様は、どんな世界からやってきても、なぜか日本語が話せるようになっている。なのに、全く知らない言葉が飛び出したのだ。
「え……」
「アスティオ様、ここでは魔法などの不思議な力は使えないのです」
おそらく、先程の呪文のようなものは、魔法を発動させようとしていたのだろう。だって彼の称号は、星印の大魔導士なのだから。アスティオ様は驚いたのか、自分の手を見つめて動かない。
「……光が出ない。……あ! 大丈夫ですか?!!」
彼は、何やら慌てている。確かに、庭先に藁人形と釘が転がっているのは、一般的な旅館として奇異な光景だろう。けれど、危険なものは何も無い。あ、もしかしたら……
「大丈夫ですよ。ここは、あなたの世界とは違いますから」
彼の世界では、フルーフと呼ばれる呪いが存在する。深い闇を纏った不確かな存在。襲われたら、もうそれが最後。魂が少しずつ貪られて、やがて死に至る。光の魔法や精霊であれば対抗することもできるようだが、それにあやかることができるケースは稀なため、未だに犠牲者が後を絶たない奇病のようなものだ。
おそらく彼は、地面に横たわる藁人形が呪いに侵された人だと勘違いしたのだろう。ごめんね。ある意味、変な呪いのようなものは込められているかもしれないけれど、これは無視していいから。ほんと、紛らわしくごめんなさい。
私は、心の中で、彼に手を合わせて頭を下げた。
「とりあえず、歓迎いたしますわ! ここは、止まり木旅館。女将はいまいちですが、ご飯はそれなりに美味しいですよ」
なんですって?! 里千代様が、私が言うべき台詞を勝手に……!! でも、ご飯を褒めてくれたから、許そうかしら。
そうしている間に、里千代様はアスティオ様に近づくと、さっとそのフードを取り払ってしまった。現れたのは、サラサラの黒髪の男性。髪は月明かりで少し青や紫がかって見える。薄紫色の瞳はとても穏やかで、良い人そうな感じだ。
でも、彼のもう1つの称号はこうだ。指名手配犯『死神』。そんな名前が全く似つかわしくない彼。どうしてこんなあだ名がついてしまったのかしら。全く危険な感じがしない。
「……あの、ここは高級な宿ですよね。……すみません。もう少し安いところを探していて……」
「止まり木旅館は、訪れた方の人生において、少し羽を休めて……また飛び立つための、止まり木のような場所なのです。そんな場所でお金なんて取ってしまえば、ゆっくりお休みいただけませんでしょう? 今夜は遅いですし、どうぞうちにお泊まりください。お部屋へご案内いたします」
私は、里千代様にも「まだ病み上がりなのですから、今夜はもうお休みになっては?」と声をかけて、玄関の引き戸を開けた。
アスティオ様は、一緒に旅をしている方とうまく合流できるか心配そうにしながらも、私の後について旅館の中へ上がってくださった。どうやら、彼の世界では見られないようなデザインや造形の物が多いらしく、少し落ち着かないご様子。
客室に着くまでの間、お話をすると、彼はもっと昼間のうちから、止まり木旅館近辺に居たことが判明した。どこまでも続く白い地面と白い霧が珍しく、遠くまで歩いていったそうだ。けれども、何も無かったので、仕方なく旅館に戻ってきたらしい。里千代様にも文句言われたのだけれど、観光スポットの1つでもあればいいのにね。
お部屋に着くと、アスティオ様は窓辺に座りこんで、外の庭を眺めていらっしゃった。私は、熱いお茶を淹れて、彼の傍らにある机の上にお出しする。
「○△◎▽◆※、□▼◇▲●■¥*¢§%★、#☆£@$&……」
彼は、私の知らない不思議な言葉で歌い始めた。歌詞の意味も理解できないけれど、どこか癒されるような透明感のある美しい響き。少し切ないメロディがすっと耳から身体に溶け込んで、思わず聞きほれてしまう。
ふと、彼の視線の先を辿ると、見たこともない風景が広がっていた。
「え……」
思わず声が出てしまった程。いつも忍くんが手入れしてくれている止まり木旅館の庭には、蛍火のようなものがチラチラと舞い、幻想的な風景をつくっている。
アスティオ様は、ふと歌うのをやめると、そっと目を閉じて佇んでいた。
「楓さん、すまない。……僕は、やっぱり帰るよ。皆が、その方が良いって言ってるから」
そう言って、かすかに微笑んだ彼の背後に、突然、扉が現れた。
皆って、誰のことだろう? 庭を見ると、さっきまでの蛍火はもう消えて無くなっている。もしかして、精霊? そう言えば、台帳の備考欄に、彼が精霊と対話ができると書かれてあったのを思い出した。
「お帰りの扉が開きました」
帰りたいと思った瞬間、扉を出現させられる人なんて、本当に珍しい。一見、普通の優しそうな人なのに、実はものすごく特別な存在なのかもしれない。
「この度はご利用ありがとうございました。もう二度とお会いすることがありませんよう、従業員一同お祈りしております」
『死神』のアスティオ様。とても正直そうで、純粋な感じの人だけに、彼のこの先の未来が心配になる。また止まり木旅館に来てしまうことなんてないように、旅のお連れの方と力を合わせて、人生の様々な困難を乗り越えていって欲しい。私はそう願いながら、消えた扉の方に向かって、しばらく頭を下げ続けた。
【後書き】
今回は、狗賓様作の小説『終末のイストリア』からアスティオ様にご登場いただきました。小説は、下記からお読みいただけます。
http://ncode.syosetu.com/n8985dj/
アスティオ様と共に旅するシフォンくんをはじめ、ほかにも個性的なキャラクターが出てきます。(おそらく)壮大な物語はまだ始まったばかり。ちょうど出会いの章が終わったばかりですので、是非覗きにいってくださいね!




