一本目 あっけない門出
◇楓
とにかく騒がしい。イライラもそろそろ限界だ。お客様なので、うるさいだなんて言ってはいけないのだけれど、敢えて言わせてもらおう。
あんたら、やかましすぎるのよ!!!
今日お越しになったのは、天女様御一行。密さんの元同僚だ。彼女達は、何かつらいことがあったとか、大変な目に遭っただとか、そんなことがあったわけではない。では、なぜお越しになったのか。それは……
女子会だ。
次の(ちゃんとした)お客様がお越しになるのは3日後。たまたま他のお客様がいない時で本当に良かった。
「飛流芽の元旦那様って、すごくお金持ってたんでしょー?」
「元旦那ではない。ただの、いけ好かない元婚約者だ」
「えー? そーなのー?! 姿絵とかないのかしらー?! 見たーい!」
今日は、女将の私ではなく、密さんが接客している。やはり、知った顔の人が対応した方が、天女様方もご安心なのではないかと考えたからだ。
それにしても、これは英断だった。女子会がキラキラな空間だなんて、あれはテレビの中だけのこと。実態は……
「やだ、こんなに食べたら太っちゃうかもー?!」
そんなに気にしているのならば、その8個目のケーキを我慢してみてはいかが? どれだけ甘いもの食べたら気が済むのよ?! でも、中にはおつまみ系ばかり食べている方もいる。さきイカの減りは、特に早い。ここは飲み会なのか?!
「今日来ていないあの子さぁ、最近付き合い悪いよねー」
「わかるー」
「幹事やらせても、いい店知らないしー」
出た! いない人虐め! わかるなら、なぜ付き合いが悪くなったのか、尋ねてあげようよ! 仲間でしょ?! それとも、あなたも実は、女子会に嫌気がさしてる?
「それにしても、なかなかイイ男っていないよねー」
「どれも帯に短し襷に長しというか……」
そんな偉そうに言える程、あなたはイイ女なの?
「そんなこと言って! この前、天の川で誰かと歩いてるの見たわよ?!」
「うそー?!」
「ちがうって、あれは! 私、こうやって皆と遊ぶのが好きだもんー」
「だよね! 男いなくても、十分に楽しいもんねー!」
結局、傷の舐め合いでほんわかする御一行。これでいいのか? 天女様ぁああ!!
「そうだな。この会は楽しい。妾も、そろそろそちらに戻るとするか」
とんでもないことが聞こえた。食器を片付けるフリをして、襖の影で盗み聞きしていた私は、慌てて部屋の中へ踏み入った。
「密……さん?」
密さんは、にっこり微笑んだ。
「楓、随分長きに渡って世話になったな。翔との婚儀の折りには、必ず呼んでおくれ」
「天女に復帰するということですか?」
「ここは居心地が良い。楓が作る飯も美味いしの。しかし、そろそろ潮時だ」
密さんの心は、既に決まっているようだった。お客様との一期一会は、すでに慣れている。けれど、一度従業員になった方との別れは、考えたこともなかった。突然のことに、私はうまく声が出ない。
「ついでに、あの神も連れ帰るとしよう。このままでは、一向にそなた等の仲は進展せんからの」
お! これは朗報だ。だって、私が翔の部屋に行こうとすると、必ず阻まれるんだもの。
とは言え、研さんは、随分と長い間、止まり木旅館に貢献してきてくれた。彼がいなくなるのは、正直つらい。密さんの提案は、受け入れるべきだろうか。どうしよう。
その後、結局、女子会は本格的な飲み会に発展。ぐでんぐでんになった天女様方は、夕方になってようやくお帰りになった。そして、旅館にあったお酒のストックがすっからかんに……!! 礼くんに、早く仕入れてもらわなきゃ。
* * *
「そういうことだ。楓はもう、一人前の女将。いつまでも親が手を出していては、楓のためにならないからの」
夜、私は、従業員控え室に皆を緊急招集した。密さんが、善は急げと言ったからだ。密さんは、案外まともな正論で、研さんを追い詰めている。
「そんな突然……!!」
「千景も、それで良いと言っているらしいぞ」
実は、早速母さんにこのことを相談したのだ。母さんは、研さんのことが他の時の狭間チェーンのお宿にバレる前に、早く出ていってもらった方が無難だという判断だった。
研さんが、私の着物の袖の端をぎゅっと握る。ねぇ、なんで正体バレたのに、まだ女装のままなの? 娘より綺麗な父とか、私、無理。
「いや……楓から『お父さん』と呼んでもらえるようになるまでは……!!」
「お父さん、これからも元気でね!」
「楓?!!」
こうして、密さんと研さんは、止まり木旅館を離れることに決定した。
その日は、部屋に帰った後、布団に潜り込んで泣いちゃった。翔は、いつの間にか私の部屋に来て、朝まで私の背中をさすってくれた。
先日私は、翔に自分の部屋の合鍵を渡したからだ。だって、私だけ彼の部屋の鍵を持っているって、フェアじゃないでしょ?
ちなみに、翔と礼くんは部屋を交換した。れいの『扉』も引き継ぐ必要があったからだ。では、タブレット型端末は礼くんの部屋に行かなければ使えない……ということはない。どうやら、電波はわりと広範囲に届いているらしく、私の部屋でもお買い物ができたのだ。いやぁ、快適。うっかり、いろいろ買っちゃいそう。
お別れ会は、お酒の到着を待って、早速翌日に行った。私は三味線を弾いて、門出を寿ぐ唄を歌った。
なぜ、別れの唄ではないのか。やはり、当初お客様として止まり木旅館に訪れた2人には、ひとつ大きなことを乗り越えたり、何かを感じたりして、また元の場所へと旅立っていく門出であってほしい。娘としても、友人としても、そして女将としても、そう願わずにはいられなかったから。
お別れ会を終えると、密さんと研さんは、そのまま止まり木旅館を出発した。研さんの声に反応して、止まり木旅館の正門はすっと開き、眩い光と共に、2人は消えて、いなくなった。
あっけない。
こんなに簡単にいなくなるだなんて。2人とも、また止まり木旅館に顔を出してくれると言っていたけれど……。
2人を見送った他の従業員は、しばらくすると自分の部屋に帰っていった。でも、私と翔は、2人が消えた門を見つめたまま、動かずにいた。
そして、どれだけの時間が経っただろうか。
それもまた、突然のことだった。急に門が勢いよく開いたかと思うと……
「楓さーん! こんばんは! 私、『木仏金仏石仏』の椿でーす♪」
現れたのは、ツインテールの女の子。セーラー服とブレザーが合体したみたいな服だ。丈の短いスカートが、ふわりと風に揺れている。
……あなた、誰ですか?