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十六本目 あたし、冒険者だもん!

◇楓


 本日は、椿さんの卒業試験を兼ねた接客実習。これまでは、散々お客様に失礼なことばかりしてきた彼だけれど、今日こそまともなおもてなしを学んでもらわねば!


「「「ようこそいらっしゃいました!!」」」


 実は、今日は礼くんも一緒にお客様をお出迎えしている。先日、巴ちゃんにはかられて失恋騒ぎが起こり、その後、傷心旅行に旅立った彼。ところが、帰ってくると何やらすっきりした様子で、今度は友達として椿さんを応援することにしたらしい。なんだか、美しくて、眩しい……。


 さて、本日お越しになったのは、シェイルさんという駆け出し冒険者の女の子。それがまた可愛いのなんのって! コルドくん(礼くんの若かりし頃)の再来か、それ以上である。


 一通りご挨拶を済ませると、きょろきょろと興味津々で辺りを見渡すシェイルさんを客室へ御案内した。もちろん、椿さんが先導する形で、私と礼くんは後ろから見守っている。

 すると、まだ客室手前の廊下の途中で、椿さんは突如、立ち止まってしまった。


「シェイルさん! あの……」


 まさか、早速やらかすの?! どうしよう?!! 椿さんの行動は、正直予想が立たないため、何も対策ができないのだ。


「その髪の毛を結んでいるシュシュ、触らせてくれませんか?」


 実は、私も気になっていた。純白で、滑らかなベルベット素材でできている。彼女の艶やかな赤い髪をより美しく際立たせている髪飾りだ。


 シェイルさんは、少し驚いて、迷うような素振りを見せた。


「これはね、親友にもらった大切な物なんだ。また会えるまで、どんなときも、これは付けておくって約束したから……」


 あーもう、見てらんない!! 私が出るしかないか!!


「うちの者が大変失礼いたしました。さ、こちらへどうぞ」


 すれ違いざまに私が睨むと、椿さんは頭をかいて笑っていた。笑い事じゃないって!! これが怖いオジサンだったら、今頃取り返しつかないことになってるよ?! ま、オジサンはこんな可愛い髪飾りなんか付けないだろうけれど。


 しかし、ここで安心してしまった私は馬鹿だった。そう。うちの従業員って、椿さんに負けず劣らずの変人揃いだったのだ。


 客室に到着し、お茶をお出ししていた時だ。ノック音が聞こえたので、襖を開けてみると、そこに居たのは粋くんだった。そして、すごい勢いで部屋の中に転がり込んできたかと思うと……


「シェイルさん!! 『アドニス物語』がお好きなんですよね?!」


 急に何を言い出すの? それより、アドニスって何? 人? もしかして犬?

 すると、れいによって、私の心の声はダダ漏れだったらしい。


「楓さん! アドニス様は、白銀の勇者よ! あたし、この本を読んで、冒険者になるって決めたんだから!!」


 あれ? 従業員の突然の乱入という、とんだ失礼をどのようにお詫びしようかと焦っていたのだけれど、案外これは良い話題提供になったようだ。シェイルさんは、目をキラキラと輝かせている。

 


「アドニスって、すっごくカッコいいですよね! 実は昨夜読んだばかりなんですけど、もう興奮しちゃって!!」


「お兄さん、なかなか良く分かってるね!!」



 いつの間にか、意気投合している2人。私と椿さん、礼くんのアウェー感が半端ない。

 

 その時だ。外から雨の音が聞こえてきた。

 時の狭間は、神の領域にある癖に、時折こうして雨が降る。天気予報なんてものもないので、お洗濯係の巴ちゃんは、たまに干していた洗濯物を雨に濡らしては悪態をついている。

 今日の雨はどうだろうか。すぐにやむといいのだけれど。


 しかし、私の願いも虚しく、雨だけでなく、風もかなり強くなってきた。もはや、暴風警報ものである。


「せっかくお越しくださったのに、この雨ではお庭へ御案内するのは明日になりそうですね」


 ……と、シェイルさんに話し掛けてみたが、彼女は未だに粋くんとアドニス談義で盛り上がっていた。いいのよ、別に。私も今夜、『アドニス物語』とやらを読破してやるんだから!!


 そうやって2人に気をとられていたら、急に旅館の建物が、地震が起きたかのようにガタガタ震え始めた。それだけ、風が強いのだ。

 こんなこと、初めて。さすがの私も、一瞬血の気が引いてしまう。


 いけない。こういう時こそ冷静に! まずは、お客様の安全確保が第一だ。そう思ってシェイルさんに近づいた瞬間、有り得ないことが起きた。


「「「「え……?!!」」」」


 なんと、客室の天井の屋根の一部がぶっ飛んだのだ。突然現れた真っ黒な空。頭上から打ち付ける強い雨。天井が無くなった面積はほんの少しなのに、そこから突風が客室内に入り込んで、掛け軸が舞い踊り、先日張り替えたばかりの障子はビリビリに破れる始末。


 もしかして、これは導きの神の仕業か?! さては、大災害を起こして、「お父さん、助けて!」とか言ってもらうことを狙っているな?! その手には乗らないぞ!!


「粋くん! 礼くんと協力して別の部屋を準備して! 椿さんは巴ちゃんのところへ行って、身体を拭くタオルとシェイルさんの浴衣をもらってきて! 早く!!!」


 私は、簡単に指示を出すと、シェイルさんに駆け寄った。


「お客様、お怪我はございませんか? すぐに別の部屋を用意させます。こちらは危険ですので、恐れ入りますが廊下に出てお待ちください」


 ところが、シェイルさんは動こうとしない。しかも、こんなことをおっしゃった。


「この穴、塞いでおかなくて大丈夫? あたしも、役に立ちたい」


 シェイルさんは、腰に下げていた長剣バスタード・ソードを使って足元の畳を浮かせると、さっと肩に担いだ。


「これで、あの穴を塞げば、もうこれ以上部屋の中が荒れたりしないよね?」


 確かにそうだけれど、シェイルさんでは天井に背が届かない。どうしよう。私もあまり背は高くないのだ。


「こういう時は、みんなで力を合わせればいいんだよ!」


 シェイルさんは部屋を飛び出すと、すぐに粋くんと礼くんを連れて戻ってきた。


「あたしを肩車して!」


 こんな可愛い女の子を担がせてもらえるなんて、役得だねぇ、お2人さん! なんて言っている場合じゃない。屋根が無くなった天井部分からは、今も雨風が吹き込んでいて、辺りはめちゃくちゃだ。


 シェイルさんは、粋くんと礼くんに支えられて、畳を力一杯天井に押し付けた。でも、強い風に負けそうになって、彼女の白銀の額当ての辺りからは、大量の汗が流れているのが見える。やっぱり、人力で天災に対抗するのは無理があったのだろうか。

 

 その時、シェイルさんが思いっきり叫んだ。


「ディアドラ!!!」


 次の瞬間、何が起こったのだろう。シェイルさんの髪は見る間に金色に染まり、その身体は淡い光に包まれていた。止まり木旅館では、魔法の類は使えないはず。では、これは何?!

 その答えは、礼くんが教えてくれた。


「シェイルさんの中には、別の人が眠っているんだと思うよ」


 ボロッボロになった客室の中、シェイルさんの姿はとても神々しい。シェイルさんの表情は、先程までよりも幾分キリッとした大人っぼいものに変わり、今度は軽々と畳を天井へ固定することができていた。すごい……。私は我を忘れて目を奪われてしまっていた。

 

 そうこうしているうちに、外の暴風雨は次第に弱まり、ようやくいつもの静寂が訪れた。それに合わせて、シェイルさんの髪色も、元の赤に戻る。

 


「シェイルさん、本当にありがとうございました。お陰様で、当旅館の被害は拡大せずに済みました」


「えへへ」



 シェイルさんは、とても良い笑顔だった。


「だって、あたし、冒険者だもん!」


 彼女がそう言った瞬間、その背後に扉が現れた。


「お帰りの扉が開きました」


 私は、ちょうどタオルを持って戻ってきた椿さんに目配せして、シェイルさんを扉の前へお連れするよう、促した。


「この度はご利用ありがとうございました。もう二度とお会いすることがありませんよう、従業員一同お祈りしております」


 シェイルさんは、「またね」と言いながら、扉の向こうへ消えていった。

 ……本当に良い子だった。現在、うちに長期滞在している客にも見習ってもらいたいぐらいだ。


 さてさて、無事にお帰りいただけたことだし、次のお客様を迎える準備をせねば! 次は、妖退治屋の男性がいらっしゃる予定。台帳に載っていた備考欄には、美青年と書かれてあったので、内心楽しみにしている。あ、翔には内緒だよ?


 それはさておき、先にしておかなければならないことがある。導きの神への連絡だ。あんな嵐、止まり木旅館開業以来初のことだった。絶対に人為的……いや、神為的なものにちがいない!

 

 まずは、神の力でささっと客室を修理してもらえるように話をつけよう。もし渋られたら、「二度と、お父さんって呼んであげないから!」って言って、脅してやるんだ!!









【後書き】

今回は、朝比奈 架音様の『赤と金色のシェイル −突如あらわれた前世の魂−』からシェイルさんにお越しいただきました。こちらの小説は下記URLからお読みいただけます。

http://ncode.syosetu.com/n3541dk/

とてもおもしろいハイファンタジーですので、覗いてみてくださいね♪



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