表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/54

十二本目 よーく

◇楓


 私が尋ねたかったことは、翔が話したかったことと同じだった。私は、初めて、翔の生い立ちを知った。


 正直、驚かなかったと言えば、嘘になる。でも、翔は翔なのだ。彼が生粋の人間ではなくたって、私は気にしない。

 これまで共に過ごした長い年月、思い出、信頼が、私たちを固い絆で結びつけている。だから、気持ち悪いなんて思わないし、ましてや嫌いになるはずがない。


 でも、翔は、消え入りそうな程、不安そうな顔をしていた。そして、こう言ったのだ。


「竜と人間では、子どもができないんだ」


 頭の中が真っ白になった。その次の瞬間は、赤くなって青くなって、黒くなった。最後は、全てが霧散して、透明になった。


「だから……俺と楓が望んでも、できないかもしれない」


 もし、翔と結婚したら……のことは、これまでにも考えたことはある。どんな家庭になるのだろう?って。その中には、もちろん子どもがいて……

 

 だから、それは、悲しい、と思う。でも、その前に、こんなことを考えてくれていた翔のことが、すごくすごく愛しくなって、たまらなくなる。


「翔は……望んでいるの?」


 私は、だんだん欲が出てきて、どうしても、あの言葉が聞きたくなってきた。


「でも、その前に、教えてほしいの」


 だいたい、そうでしょ? 子どものこと考えるより、先に言うべきことがあるはずよ!! まぁ、私が翔のこと好きだってことがバレバレだから、翔は安心しきってるのかもしれないけど。でも普通、おかしいからね?


「私のこと、どう思ってるの?」


 結果的に言うと、私は、甘かった。翔って、そういえば、こういう人だったのだ。


 気づいたら、彼の顔が目の前にあって、私は口を塞がれ、呼吸困難。何回目だろう? 誰か、数えてる人、いる? 私はもう、数えるのをやめた。

 

 そして、あっという間に、畳の上へ身体を押し付けられる。そんなに強く着物の裾を引っ張っられたら、着崩すどころか、もっと大変なことになっちゃう。慌てて離れようとするも、裾からはみ出してしまった私の足に、翔の足が絡みついて、動けなくなってしまった。


「そんなに知りたい?」


 知ってるよ、ほんとはね。もう、十分に知ってる。でも、なぜだろう。もっともっと知りたいって思ってしまう。


「そんな顔で聞くのは、ずるいよ」


 こんな顔を向けるのは、私にだけであってほしい。……って、いつから私、こんなに独占欲強くなったんだろう。やっぱり、椿さんや、里千代さんが来たからかな。

 

 その時、翔の目元に、彼の青い髪がはらりと滑り落ちた。


「よーく、聞けよ? 俺は、楓とずっと一緒にいるために、ちゃんといろいろ段取りしてる。だから、楓もよーく考えて、答えを出してほしい」


 答えなんて……もう出てるよ。翔が止まり木旅館にいなかった間、そして帰ってきてからも。私、どれだけ考えてきたことか。


「……分かったわ。翔がちゃんとプロポーズしてくれるの、待ってる」


 翔の身体がピクンっと動いた。密着しているから、分かる。彼も今、私に負けないぐらい、ドキドキしてる。


 その時、部屋の外から椿さんの声がした。顔を見合わせる私たち。椿さんって……こういう人なのよね。

 

 私が翔からさっと離れて身嗜みを整えると、突然襖が開け放たれた。そして始まるいつもの光景。

 

 翔は、彼の正体が潤くんにバレたと思っているようだった。でも、私が見たところ、そうではない気がする。だから、今ここで自分でバラすことはないと思うのだ。


 翔の不安がビシビシと伝わってくる。よし。じゃぁ、まずは、私から、彼に伝えることにしよう。


「翔。私は、大丈夫だよ」


 翔は、はっとした顔でこちらを向いた。


 私は、翔の味方だよ。だから、心配しないで。他の皆が、翔のことを嫌いになっても、私はずっと、好きだから。



* * *



 翌朝、私は潤くんから素敵な提案を聞かされた。止まり木旅館の書庫にある資料の電子化プロジェクトだ! かなりの分量があるので、けっこう大掛かりになるだろう。

 

 このまま増え続けると、保管する場所がなくなって困るなと思っていたので、ちょうどいい。でも、1番のメリットは、これ以外にある。


「電子化したら、タブレット型端末で、どこでも読めるようになります。もちろん、時の狭間の別の宿でも!」


「じゃぁ、電子化したものは椿さんともシェアできるのね?!」


「そうです。だから、椿さんには、ある程度おもてなしのことを学んでもらったら、帰っていただけますよ!」


 椿さんは、自分のタブレット型端末で、全ての資料を写真撮影しようとしている。けれど、それはうちでやればいいのだ。椿さんが、夜寝る前に少しずつ進めるだけでは、何年かかるか分からない。うちで電子化したものを随時送ってあげたら、長居する理由はなくなるはずだ。


 これで、里千代さんを早く『木仏金仏石仏きぶつかなぶついしぼとけ』に連れていってもらいやすくなる!!

 

 なんか、いろいろこれで解決しそう! 後は、実習として、何組かのお客様のおもてなしを実践してもらったら、研修完了なのではないだろうか?!


 私は、潤くんの手を握った。



「潤くん……大好き!」


「楓さん……この後、僕が翔さんに殺されたら、骨ぐらい拾ってくださいね」



 潤くんの言葉に「ほんとだ。しまった!」と思った時には、既に遅かった。


 どこからか、苦無と手裏剣が飛んできたのだ。それらは、間一髪のところで私たちを避けて、すぐ横の壁に突き刺さった。素晴らしきコントロール。これは、翔と忍くんだわね。


 ごめん、ごめん。私は、止まり木旅館の従業員、皆が大好きだよ。だから、怒らないで~。









【後書き】

楓:

2人とも、何やってるの?! この後、ちゃんと壁の補修やっといてね!


翔:

忍、お前がやれ! 楓に向かって手裏剣投げた罰だ!


忍:

俺が狙いを外すわけないだろ? 何、焦ってんだ?


楓:

何揉めてるの?! ちゃんと壁直してくれなかったら、夜に藁人形作って、呪い倒すわよ!!


翔と忍:

すみませんでしたー!!!


翔:

俺の方が早く補修できるから、お前は庭へ帰れ。


忍:

は? 庭師舐めんなよ? こういうのは、庭師の方が得意なんだからな!


楓:

私、もう藁は確保したから。(楓の手には、藁の束が!)


翔と忍:

すみませんでしたー!!


楓:

2人とも、仲良くね!(腹黒女将は、黒い笑みを2人に向けた。)


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ