十二本目 よーく
◇楓
私が尋ねたかったことは、翔が話したかったことと同じだった。私は、初めて、翔の生い立ちを知った。
正直、驚かなかったと言えば、嘘になる。でも、翔は翔なのだ。彼が生粋の人間ではなくたって、私は気にしない。
これまで共に過ごした長い年月、思い出、信頼が、私たちを固い絆で結びつけている。だから、気持ち悪いなんて思わないし、ましてや嫌いになるはずがない。
でも、翔は、消え入りそうな程、不安そうな顔をしていた。そして、こう言ったのだ。
「竜と人間では、子どもができないんだ」
頭の中が真っ白になった。その次の瞬間は、赤くなって青くなって、黒くなった。最後は、全てが霧散して、透明になった。
「だから……俺と楓が望んでも、できないかもしれない」
もし、翔と結婚したら……のことは、これまでにも考えたことはある。どんな家庭になるのだろう?って。その中には、もちろん子どもがいて……
だから、それは、悲しい、と思う。でも、その前に、こんなことを考えてくれていた翔のことが、すごくすごく愛しくなって、たまらなくなる。
「翔は……望んでいるの?」
私は、だんだん欲が出てきて、どうしても、あの言葉が聞きたくなってきた。
「でも、その前に、教えてほしいの」
だいたい、そうでしょ? 子どものこと考えるより、先に言うべきことがあるはずよ!! まぁ、私が翔のこと好きだってことがバレバレだから、翔は安心しきってるのかもしれないけど。でも普通、おかしいからね?
「私のこと、どう思ってるの?」
結果的に言うと、私は、甘かった。翔って、そういえば、こういう人だったのだ。
気づいたら、彼の顔が目の前にあって、私は口を塞がれ、呼吸困難。何回目だろう? 誰か、数えてる人、いる? 私はもう、数えるのをやめた。
そして、あっという間に、畳の上へ身体を押し付けられる。そんなに強く着物の裾を引っ張っられたら、着崩すどころか、もっと大変なことになっちゃう。慌てて離れようとするも、裾からはみ出してしまった私の足に、翔の足が絡みついて、動けなくなってしまった。
「そんなに知りたい?」
知ってるよ、ほんとはね。もう、十分に知ってる。でも、なぜだろう。もっともっと知りたいって思ってしまう。
「そんな顔で聞くのは、ずるいよ」
こんな顔を向けるのは、私にだけであってほしい。……って、いつから私、こんなに独占欲強くなったんだろう。やっぱり、椿さんや、里千代さんが来たからかな。
その時、翔の目元に、彼の青い髪がはらりと滑り落ちた。
「よーく、聞けよ? 俺は、楓とずっと一緒にいるために、ちゃんといろいろ段取りしてる。だから、楓もよーく考えて、答えを出してほしい」
答えなんて……もう出てるよ。翔が止まり木旅館にいなかった間、そして帰ってきてからも。私、どれだけ考えてきたことか。
「……分かったわ。翔がちゃんとプロポーズしてくれるの、待ってる」
翔の身体がピクンっと動いた。密着しているから、分かる。彼も今、私に負けないぐらい、ドキドキしてる。
その時、部屋の外から椿さんの声がした。顔を見合わせる私たち。椿さんって……こういう人なのよね。
私が翔からさっと離れて身嗜みを整えると、突然襖が開け放たれた。そして始まるいつもの光景。
翔は、彼の正体が潤くんにバレたと思っているようだった。でも、私が見たところ、そうではない気がする。だから、今ここで自分でバラすことはないと思うのだ。
翔の不安がビシビシと伝わってくる。よし。じゃぁ、まずは、私から、彼に伝えることにしよう。
「翔。私は、大丈夫だよ」
翔は、はっとした顔でこちらを向いた。
私は、翔の味方だよ。だから、心配しないで。他の皆が、翔のことを嫌いになっても、私はずっと、好きだから。
* * *
翌朝、私は潤くんから素敵な提案を聞かされた。止まり木旅館の書庫にある資料の電子化プロジェクトだ! かなりの分量があるので、けっこう大掛かりになるだろう。
このまま増え続けると、保管する場所がなくなって困るなと思っていたので、ちょうどいい。でも、1番のメリットは、これ以外にある。
「電子化したら、タブレット型端末で、どこでも読めるようになります。もちろん、時の狭間の別の宿でも!」
「じゃぁ、電子化したものは椿さんともシェアできるのね?!」
「そうです。だから、椿さんには、ある程度おもてなしのことを学んでもらったら、帰っていただけますよ!」
椿さんは、自分のタブレット型端末で、全ての資料を写真撮影しようとしている。けれど、それはうちでやればいいのだ。椿さんが、夜寝る前に少しずつ進めるだけでは、何年かかるか分からない。うちで電子化したものを随時送ってあげたら、長居する理由はなくなるはずだ。
これで、里千代さんを早く『木仏金仏石仏』に連れていってもらいやすくなる!!
なんか、いろいろこれで解決しそう! 後は、実習として、何組かのお客様のおもてなしを実践してもらったら、研修完了なのではないだろうか?!
私は、潤くんの手を握った。
「潤くん……大好き!」
「楓さん……この後、僕が翔さんに殺されたら、骨ぐらい拾ってくださいね」
潤くんの言葉に「ほんとだ。しまった!」と思った時には、既に遅かった。
どこからか、苦無と手裏剣が飛んできたのだ。それらは、間一髪のところで私たちを避けて、すぐ横の壁に突き刺さった。素晴らしきコントロール。これは、翔と忍くんだわね。
ごめん、ごめん。私は、止まり木旅館の従業員、皆が大好きだよ。だから、怒らないで~。
【後書き】
楓:
2人とも、何やってるの?! この後、ちゃんと壁の補修やっといてね!
翔:
忍、お前がやれ! 楓に向かって手裏剣投げた罰だ!
忍:
俺が狙いを外すわけないだろ? 何、焦ってんだ?
楓:
何揉めてるの?! ちゃんと壁直してくれなかったら、夜に藁人形作って、呪い倒すわよ!!
翔と忍:
すみませんでしたー!!!
翔:
俺の方が早く補修できるから、お前は庭へ帰れ。
忍:
は? 庭師舐めんなよ? こういうのは、庭師の方が得意なんだからな!
楓:
私、もう藁は確保したから。(楓の手には、藁の束が!)
翔と忍:
すみませんでしたー!!
楓:
2人とも、仲良くね!(腹黒女将は、黒い笑みを2人に向けた。)