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十一本目 大丈夫だよ

◇潤


 仕入れ係が礼になってからは、以前以上に記録グッズが豊富になった。筆記用具だけでも、万年筆、筆ペン、ボールペン……と多岐に渡っていて、色や太さまで幾種類もある。だから、鉛筆なんて、卒業した。


 椿さんが来てからは、これがさらに顕著になったと思う。彼は、案外物知りのようだ。礼は『お試しに』と言って、椿さんに勧められた物を仕入れてきてくれる。世の中には、こんな便利な物がたくさんあっただなんて……。礼や粋曰わく、魔法がある世界ではもっと便利なものもあるらしい。でも、止まり木旅館ではそんな不思議な力は使えないからな。あっても意味がない。

 

 僕は、中でも、タブレット型端末が気に入っている。撮影、録音、文章としての記録……。これまで、ひたすらノートに書き込んでいたのが馬鹿らしくなってくる。これで、めでたく、ペンだこともおさらばできるかもしれない。

 

 止まり木旅館は、楓さんの母君が居るという日本という国から電気や水道、ガスを引いているそうだ。同時にインターネットというものにも接続できるようになっていて、自分の部屋でタブレット型端末を起動し、ブラウザを開くと、様々な情報も得ることができる。

 

 といっても、日本という国がある世界の情報に限る。できれば、僕の出身世界の情報が欲しいのだけれど……。ま、贅沢は言うまい。あそこは、まだここまで発展していないから、情報の発信なんて無理だろうしな。


 さて、そんなこんなで、最近良いサービスを発見した。こっそり撮らせていただいている写真やビデオなどは、クラウドという別空間に保存できるようなのだ。こうしておけば、もしこの端末を楓さんに取り上げられて壊されてしまっても、データは消えない。いわゆるリスク対策である。おじさんはこういうところ、ぬかりないのさ。


 それから、これまでノートに記録していた情報をデータベースとしてまとめ始めた。いずれは、止まり木旅館の書庫にある情報も、こういう形にまとめ直したら良いと思うのだ。場所を取らないし、検索機能があるのもおいしい。


 ……と、最近は新しいおもちゃに夢中になっていたわけだが、もちろん新たな情報も順調に仕入れている。今は、翔さんの部屋の外。廊下で聞き耳を立てている。中は、楓さんと2人きりのはずだ。今夜は、絶対に大切な話がなされると踏んでいる。あくまで、勘だけれど。


 また翔さんに、部屋へ強制送還されるかな?と思いつつ、30分が過ぎた。今夜はまだ見つかっていないらしい。聞こえてくる声は、途切れ途切れ。内容は、想像で補って把握するしかない。


「……そうだったの」


 楓さんの声には、力がない。何かショックな真実が明らかになったのだろうか。


「だから……俺と楓が望んでも、できないかもしれない」


 できない?! 何が、できないんだろう?


「翔は……望んでいるの?」


 頼む。無言にならないでくれ。こっちからは、何がどうなってるのか分からないんだ。


「でも、その前に、教えてほしいの」


 楓さんは、何を知りたいんだろう。


「******、どう思ってるの?」


 駄目だ。全部聞こえなかった。その直後、衣擦れの音。続いて、畳に何かが倒れる音が……。


 しばらくして囁き声がしたが、これまた聞き取れない。けど、これは、たぶん……あれだな。うんうん。一歩進んだってことだろう。そうあってほしい。これでも、2人のことは応援しているのだ。


「……分かったわ。翔がちゃんと*****してくれるの、待ってる」


 んん? 何の約束してるんだ? 肝心のところが聞こえなかった。

 その時だ。背後に気配を感じた。


「こんなところで、何してるんですかー?」


 つ、椿さんだった。頼むから静かにしてくれ!! 今、良いところなんだ!!

 

 しかし、僕の願いも虚しく、翔さんの部屋の襖は勢いよく開かれた。……って、あれ? 開けたのは、椿さん?!


「翔さーん、今日の業務報告しに来ましたー。あれ? 楓さん? 相変わらず仲良しですねー。中途半端なことしてないで、さっさと結婚しちゃえばいいのにー」


 言いやがった!! たぶん、止まり木旅館の誰もが思ってることだけど!! だからって、そこまではっきり言うことないでしょう?!


 翔さんは、額に手を当てて溜め息をついていた。楓さんの顔は、ほんのり赤い。やっぱり、そういうことをしていたのかな?


「研修生なら研修生らしく、報連相をしっかりやれって言ったのは翔さんですよ?」


 椿さんは、今夜も平常運転だ。うん。僕は、だんだん彼にも慣れてきたかもしれない。ちょっとズレてたり、常識はずれだったりするけれど、悪気はないんだよな。



「……お前、『空気を読む』っていう言葉、知ってるか?」


「知ってるも何も、それを学びにきたようなものですよ~? これからもよろしくお願いしますね!」



 椿さんは、へらっと笑った。これで翔さんをかわせるところは、すごい。……と、人のことを羨ましがっている場合ではない。さっさと退散せねば。


「潤さん」


 ……逃げそびれた。



「は、はい?!」


「どこまで聞いた?」


「肝心なことは、何も」


「……お前は、どう思った?」


「え?」


「こればかりは、まだ皆に言わないでほしい。そう簡単に受け入れてもらえるとは、思えないんだ」


「翔。私は、大丈夫だよ」


「楓……それって……」



 見つめ合う翔さんと楓さん。いつの間にか、2人の世界に……。あのー、他にも人がいるんですよー。


「何か思い詰めてるみたいですけど、細かいことなんて気にしてたらキリがないですよ? それに、そんな暗い顔をしていたら、お客様に失礼になります!」


 椿さんは、手を腰に当てて、ふんぞり返った。客に失礼って、あなたに言われたら、世も末ですね。


「……椿さんも、いつか、見つかるといいわね」


 あれ? 言い返さない? それどころか、この時の楓さんは、日頃の腹黒さなんて微塵も感じられない程、たおやかで、すごく美しかった。

 ……写真、撮っておけばよかったな。

 







【後書き】

翔:

で、今日の報告は?


椿:

朝起きて、顔洗って、歯を磨いて、巴さんに着物を着付けてもらってー……


翔:

馬鹿。それは、小学生の作文か? 仕事の報告だけでいい。


椿:

仕事でしたら、今日もいつもと変わらなかったんですけど……1つ、アドバイスもらえませんか?


翔:

どうした?


椿:

そんな、大したことじゃないですけど。……どうやったら、無表情な人間と人形を見分けられるんでしょうか。


翔:

反省の仕方が間違ってるぞ。


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