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十本目 味方になればいいんだ

◇礼


 あの日の夜、かなり大きな覚悟を決めて大浴場へ向かった。


 脱衣場に着いたら、既に椿さんは掃除道具を片手に清掃中。椿さんはすぐに、こちらに気がついた。そして、着替えを見られるのが恥ずかしいから、先に浴場の中の掃除を始めておいてほしいと言う。だから僕は、腕や足元の裾をまくり上げてから、浴場に入っていった。このあたりから、もう僕は、魂が飛び出しそうになっていたと思う。


 そして、洗い場の洗面器をゴシゴシしていた時、背後でガラッと戸が開く音がした。


 ……来た!!


 そう言えば、着替えるって言ってたよな? ん? 何に着替えるんだ? 実はさっき、思いっきり作務衣が濡れて、気持ち悪かったので脱いじゃったんだ。椿さんが来るまでの間って思ってたんだけど、脱衣場の掃除終わるの早すぎるよ! こちらの装備は、腰に巻いている薄いタオルしかない。って、やっぱりこの状況、いろいろヤバいって……


 入ってきたのは、間違いなく椿さんだ。でも、どんな格好しているのかが分からない今、振り向くに振り向けない。どうしよう。水着とかだったら、鼻血出す自信がある。というか、こちらの格好がまずい。失敗!


「礼さん」


 相変わらずの可愛い声だ。無視するのも悪いし、とりあえず小声で「おぉ、来たか」と、偉そうに呟いてみた。


「窓の高いところに、外から舞い込んできた葉っぱがくっついてるんで、取りたいんですけど、背が届かないんですよ。手伝ってくれませんかー?」


 それって、肩車しろってことか?


「どうしたんですかー? 早く来てくださーい」


 ここで振り向かずに済む方法は、もう残されていない。ごめんな。いきなり見ようとか、見せようとか、どさくさに紛れて抱きついてやろうとか思ってるわけじゃないんだ。でも、呼ばれたんだから、仕方ないよな?!


「……今、行く」


 そう言って恐る恐る振り向くと、椿さんがこちらを向いて立っているのが見えた。


 裸だった。薄いピンク色の髪は、頭のてっぺんでふんわりとしたお団子にまとめられていた。けれど、そんなことは問題ではない。


「ぁぁぁぁああああああああああ!!!!!!」


 僕は、見てしまった。そこから先の記憶は途切れている。



* * *



 僕は、死んだ姉ちゃんのことが今でも好きだ。いや、兄弟としてっていう意味だから、勘違いするなよ? いつも僕に「あれはダメ」「これはダメ」と指図ばっかりしてきて、本当に面倒くさいと思っていたけれど、すごく良い姉ちゃんだったんだ。なのに、あんな殺され方するなんて……。最期の言葉は「幸せになりなさい」だった。最後まで命令口調かよ!と思ったけれど、姉ちゃんらしい言葉だったと言えるだろう。


 楓さんは、僕の姉ちゃんに似ている。まず、見た目とか、雰囲気が似ている。本能のまま生きてるところとか、騙されやすいところとか、お節介なところも。だから、僕は、楓さんともそれなりにご縁があるにちがいない。そりゃ、止まり木旅館初のリピーターにもなれるってわけだ。


 僕は、この2人が大好きだ。2人の存在感は、ずっと僕の中で強大なものだった。だから、もっと気になる人が現れるだなんて、思ってもみなかったんだ。


 椿さん……今となっては、椿くんか。あの子は、とっても可憐だった。姉ちゃんや楓さんには無い魅力が詰まっていた。家宝だった精霊剣に宿っていた精霊のように、くるくると動き回っては笑顔を振りまく彼。そう、彼なのだ。


 今からでも、首から下、いや、腰から下だけでもいい。女の子に生まれなおしてきてくれないだろうか。


 僕は、1人、仕入れという名目で傷心旅行に出かけることにした。楓さんも、静かに「行っておいで」と言ってくれたし。 


 僕は、仕入れ係の特権を駆使して、生まれ育ったアツイゾに行った。姉ちゃんに加えて、俺も死んだことになっていて、誰かが町外れの墓地に墓を作ってくれていた。そんなことだろうと思っていたから、ショックは少ない。姉ちゃんがちゃんと弔われて、埋葬されているかどうかだけが心配だったんだ。それだけ確認できたから、安心した。


 姉ちゃんの名前が書かれた墓石の前に立つと、止まり木旅館に来てからの日々が、走馬灯のように頭の中を駆け巡った。楽しいけれど、いろいろあった。椿くんも、止まり木旅館では新人なのだから、何かと気苦労していることだろう。それに、あんな格好をしているということは、きっと深い事情も抱えているにちがいない。


 もちろん、男だって分かった時点で、恋愛対象外にはなっている。でも、あいつ、なんかキラキラしてて、がんばってるんだよな。ついつい、応援したくなって、気づいたら目で追っていたりする。他の従業員からの受けは、あまり良くないみたいだけれど。


 よし。ここは、僕が椿くんの味方になればいい。見た目が好きだったってのもあるけれど、そもそも、天然で変なことばっかりしているあいつの『中身』が好きなんだ。


「姉ちゃん、話聞いてくれてありがとうな」


 僕は、姉ちゃんの墓にだけ、買ってきた花を手向けた。


「僕は、止まり木旅館の従業員になったよ。新しい姉ちゃんと、家族みたいな仲間もできた。僕は、あそこで、生きていく」


 その後は、楓さんへのお土産にする珍しい調味料や食材に加え、男湯の本棚に並べたい本を買い足すと、急いで止まり木旅館へと帰った。








【後書き】

椿:

なんで、この小説って男湯の話は出てくるのに、女湯の話は出てこないんですか?


潤:

だって、ほら、楓さんだと絵的に見映えしないというか……


楓:

ノートの在庫、そんなに燃やしてほしいの?


潤:

楓さん、僕がいつまでもそんな前時代的なものを使っていると思ったら、大間違い! ほら、ここにタブレット型端末が!! 


(楓、潤のタブレット型端末を庭の池に放り投げる)


翔と礼:

こら!!! それは、魚の餌にならないぞ!


粋:

そこは、「高かったのにー」じゃないんですか?


潤:

これまでのデータ、ちゃんとクラウドに保存しておいて良かった。



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