第7話 純粋と不純な気持ち
「柏木さん? ちょっと良いかな」
そんなある日、練習前に京先輩に呼び出されて部室の裏手に行くと綾香先輩もその場にいた。
「最近、須藤と仲良いみたいだけどちょっとは考えてくれないかな?」
「え? どういう事ですか……」
何を言われているのかうまく理解できずに戸惑っていると、綾香先輩がため息まじりに説明してくれた。
「柏木さん最近、悠司にマネージャーの仕事手伝わせている上に、送って貰ってるんだって? 手も繋いでたって噂もあるの」
「あのさ、そうやってちやほやされたくてマネージャーやられると、こっちも困るんだよね。それに綾香の……」
「京!」
投げ掛けられた先輩の言葉に心臓がドクリと嫌な音を立てた。
「私は……」
咄嗟に説明しようとしたけれど、言い訳にしかならないような気がして言葉が出てこない。ぐるぐると思い悩んでいると後ろから悠司先輩が現れて声をかけられた。
「どうした柏木? 清田、何があったんだ」
「別に。柏木さんが練習後、須藤にマネージャーの仕事手伝わせてるって噂になってて……。マネージャーが頻繁に部員に手伝いを頼むなんて、悪い印象にとられるから注意してただけだよ」
ひと通りの事情を聞くと、すぐさま悠司先輩が庇ってくれた。
「あれは、俺が勝手にやってたことで……。確かに清田の言うことも分かるけど、でも柏木はほとんど毎日ひとり残って仕事してるんだぞ」
「わ、私達が押し付けてるって言うの? 他の用事があったし……柏木さんがいつも大丈夫って言うから……」
確かに、頼まれるまま仕事を引き受けていたのは私の方だった。
「一年生だからそう言うしかないだろ。そこを汲み取ってやるのが先輩じゃないのか」
「やけに庇うんだね? サッカーのこと全然知らないのに、だから、か弱いふりして気を引いて男子目当てでサッカー部に入ったって噂が……」
「柏木はそんな奴じゃない!」
私のせいでだんだん言い争いのようになっていく二人の光景に、何より先輩が庇ってくれればくれるほど、鼻の奥がツンとしてきた。
「京……もういいから。ごめんね悠司。私達が勘違いしてたみたい。男子目当てなんて噂されて心配で……。その子達にちゃんと説明するためにも本当の所を聞いてたの。ねぇ、柏木さんは純粋にマネージャーの仕事が好きで入ったのよね?」
「……」
綾香先輩の質問に、私は何も答えることが出来なかった。
だって、私の中に入部した頃には無かった不純な動機が生まれていたからだ。
最初は、一生懸命サッカーをしている姿に純粋に憧れているだけだった。
でも、先輩と話すようになって、一緒に帰るようになって、ずっとドキドキしていたのも本当の事で……。
いつも、ふとした瞬間思い出すのは、先輩の声や笑顔、そして繋いだ時の手の温もり。
気がついたら私の中は先輩であふれていた。
――好き。
先輩が好き。もう、誤魔化しきれないほどの気持ちが私の中に育っていた。
でもそれが……。
舞い上がって、自分の仕事手伝わせてしまった。練習で疲れているのに、少しでも一緒に過ごしたくて、どんどん甘えてた……。他の人の目からどう思われるか考えもせず。
「どうしたの? まさか京の言ったとおり、ちやほやされたくて……」
そんなつもりじゃない……。けど、そう言われても仕方ない状況で、綾香先輩の言葉通りこの気持ちは悠司先輩の特別になりたがっていて、マネージャー以上の気持ちがあるのは確かだった。
そして、その噂で悠司先輩に迷惑をかけてしまったことに、申し訳なさでいっぱいだった。
「ごめんなさい。……私、わたし、マネージャー失格ですっ」
私はそれだけ言い残すと悠司先輩の制止も聞かずにそのまま走り去った。
◇◆◇
先輩達の前から逃げ出して2週間。
私は部活を休んでいた。
その間一度橘キャプテンから「3人からそれぞれ事情は聞いた。まぁ、こっちは大丈夫だから落ち着いたら戻ってこい」と声を掛けてもらった。すごくありがたかったけれど、この気持ちのままじゃ戻れないし、かといって今すぐ消す事なんて到底無理だ。そして、何よりまたあんな噂が立って悠司先輩に迷惑をかけてしまうんじゃないかと思うと……それが、一番怖かった。
放課後、今日も部活に出ず帰ろうとして下駄箱にメモが置かれていて、誰からだろうと開いてみると。
「この前は、悪かった。柏木が一人で後片付けしてる時、正直口実が出来てラッキーくらいにしか考えてなかった。もっと早く、柏木を傷つける前にうまくフォローすれば良かったと反省している。
明後日うちのグラウンドで練習試合をするから、見に来て欲しい。 須藤悠司」
先輩のせいなんかじゃないのに……。
何度か私の教室にも来てくれていたらしいけれど、どんな顔して会えばいいのか分らず避けていた。
それなのに、こうやってメモまで書いてくれて……。




