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第6話  あの夏を今でも覚えている



 それから、悠司(ゆうじ)先輩は私が一人で残っている時はマネージャーの仕事を手伝ってくれるようになって、そのまま一緒に帰る日も多くなった。


「えっ、スポドリって日によって作り方変えてんの?」

「暑い日はちょっと濃い目に作ったりするだけで、そんな大したことじゃないですけど……」


 最近は帰り道、こうやって色んな話をするようになったけれど、どうしてか私の心臓の高鳴りは、いつまでたってもおさまってくれない。


「柏木は、見た目よりも根性あるよな」

「え?」

「いや、意外と大変だから辞める奴も多いのに……、どうしてマネージャーになったんだ?」


 ふいに聞かれた質問に、昨年の夏の光景が浮かび上がった。


「昨年の夏、中学の友達に誘われて高校の県大会の準々決勝を見たんです」

「マジで? 俺も1年生で出してもらったんだけど……カッコ悪い試合見られたな」


 試合の結果に、気まずそうな表情でつぶやく先輩。


「そんな事ありません。最後まで走り続けている先輩の姿、私覚えています! それを見て、あんなに一生懸命になれる何かを私も見つけたいなって……」

「柏木……」


 あの夏、たった一度見ただけの先輩の姿を今でも鮮明に覚えている。

 私がその姿にどれだけ憧れたか、どんなに深く感動したか、そして勇気づけられたか……。

 一度口を開くと次から次へと言葉があふれてくる。


「私、小さい頃から運動全然出来なくて、引っ込み思案で、そんな自分が好きになれなくて、でも最後まで諦めない先輩の姿を見て、自分もあんなふうになりたいって、変わりたいって思って……」


 何だか少し熱が入り過ぎてるかもしれないけれど、先輩は黙ってじっくりと私の話を聞いてくれていた。


「こんな私でも一生懸命頑張っている人の応援なら出来るんじゃないかって、そう思ってサッカー部のマネージャーになりました。……あ、でも、それで高校決めたんじゃなくて、その前からもともと決めてまして、誘われた時も志望校だから、ちょっと見に行こうって思っただけで……」


 最後の方はしどろもどろになったけれどひと通り話が終わると、先輩はさっきとは違い穏やかな表情で口を開いた。


「俺、あの試合1本もシュート決められなくて、皆から『お前のせいじゃない』とか引退する先輩からは『次頑張れよ』とか言われて、すげー悔しくて、情けなくてずっと心に引っ掛かってた」

「先輩……」

「けどさ、そんな俺のプレーでも誰かがそんな風に思ってくれてたなんて、何か……信じられないくらい嬉しい。柏木、ありがとうな」


 そう言ったあと先輩は、ちょっと照れくさくなったのか、


「しかし、柏木がそんな熱い思いを秘めていたとはな」


 少しおどけた感じでそう言ったけれど、すぐに真面目な顔をして私を真っ直ぐ見つめてきた。その視線に射抜かれたような感じがして思わず息をのむ。


「柏木、俺……」


 ――ックシュン!


「っ!」


 先輩が何か言いかけたが、それを(さえぎ)るように思わずクシャミをしてしまった。


 なんてタイミングの悪さ……。

 すると先輩は笑いながら上着を脱いで渡してくれた。


「これ着ろよ」

「でも、先輩が……」

「大丈夫! ほら?」


 貸してくれた上着は私が着るとブカブカで男子と女子、先輩と後輩でこんなにも違うんだなって思い知らされたような気がした。

 ボタンを一番上までしめたら、すっぽり先輩に包み込まれたみたいで、練習後のちょっと汗臭い匂いに、身体の奥がむずむずしてしまった。



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