第5話 勘違いしちゃいそう
そんなある日、先輩マネージャーが用事があるとの事で、また練習後の後片付けを引き受けた私は、ボールの数が足りない事に気がついて、グラウンドに探しに行きぐるりと見て回っていると……。
「柏木?」
「ひゃぃっ!」
薄暗い中、突然後ろから声を掛けられてびっくりした私は思わず足がもつれて、転んでしまった。
「おいっ、大丈夫か?」
「須藤先輩? ……っ痛!」
「どっか怪我したのか?」
「いえ……手をついた時ちょっとすりむいただけなので……」
「急に声かけて悪かった。とりあえず傷口洗わないと……立てるか、ほら?」
先輩は心配そうな顔をして、手を差し伸べてくれた。
それに素直に従おうとしたけれど、ふとこれって先輩と手を繋ぐことになるんじゃないかと意識してしまい、思わず伸ばしかけた手が止った。
でも待ちきれなかったのか、怪我をしていない方の手を先輩が強引に奪って引っ張り起こしてくれた。
そして、そのまま手を引かれながら、洗い場まで連れて行かれる。
先輩は、私よりほんのちょっと体温が高いのか、暖かくて、大きくて、少しゴツゴツしていて想像していたよりも遥かに「男の人」の手に感じた。
焦っているのか先輩の歩く速度が少し早くて、軽く繋がれていた手が解けそうになると、飛び跳ねる鼓動を持て余していた私は思わずギュッと握り締めてしまった。
すると、すぐに先輩もギュッと力強く握り返してくれた。
それと同時に先輩の歩調もゆっくりになる。
たったそれだけの事に、信じられないくらいの嬉しさが込み上げてくる。
――だめ。こんなの、勘違いしちゃいそう……。
幸い怪我は本当に少し擦りむいていただけで、丁寧に土汚れを洗い流したたあと絆創膏を貼っただけで済んだ。
「もう片付けは終わったのか?」
「えっと、あとタオルを干したら終わりですけど……」
「んじゃ、手伝うよ」
「そんな、練習で疲れている先輩にそんな事させるわけには……」
「いいから! 怪我させたし、そのお詫び」
私は何度も「でも……」と止めたけれど、結局先輩は聞いてくれなくて強引にタオルを干しはじめた。
「あ、待ってください。干す前にタオルをパンパンとしないと」
「ただ干すだけじゃ駄目なのか?」
「はい。こうやってタオルの端と端をもって5回振ってください。こうして干すと、ふかふかになるんです」
「へぇ〜、知らなかったな。こ、こうか?」
干し方のレクチャーをすると、普段器用そうに見える先輩からは想像がつかないほど、おぼつかない手つきでタオルを干す姿が、何だか面白くて可愛く思えてしまった。
「柏木! 最近いつもニコニコするようになって可愛くなったけど、俺を見て笑うのはよせ」
「わ、笑ってませんし、可愛くなんてないです……!」
こっそり笑っていたのが見つかり、仕返しのような先輩の言葉にドギマギしてあわてて言い返す。
「い〜や! 笑ってるし、可愛くなった」
「そんな事ないです」
そうやって押し問答を続けているうちに、あっという間に干し終わった。
「今日は本当に悪かったな。遅くなったし送るよ」
「で……」
「でも、は禁止。大人しく送られろ」
「ふふっ。じゃあ、須藤先輩よろしくお願いします」
ちょっと強引だけど、それが先輩の優しさなんだと思うと私は素直に頷いた。
「あと……柏木、俺のこと名前で呼んでくんない?」
「えぇぇっ? な、何でですか?」
「そんなに驚かなくても? 何でって……最近よく柏木が頑張れって言ってくれるようになっただろ? あれ、すげー元気出るっていうか……。名前で呼んでくれたらもっとやる気が……嫌?」
ブンブンと首を横にふる。そんなの全然嫌じゃない。
私の精一杯のエールが先輩に届いていたと分かると、それだけで胸が熱くなった。
名前で呼ぶのってものすごく照れる。でも、元気になれるって言ってくれるのなら、恥ずかしいとか言ってられない……!
「ゆ、ゆゆゆ、ゆ、ゆ、悠司先輩! 頑張ってください! ……こ、こんな感じで良いんですか?」
「ふははっ! 何か『ゆ』がすげー多いけど、うん。そんな感じでよろしく」
先輩の笑顔に、まだうまく名前を呼べないけれど一生懸命練習して、もっと、もっと送りたいって思った。
ありったけのエールを、誰よりも悠司先輩に。