第3話 夢を見てるんじゃないかって……
「あれ、白石と清田は? ひとりで後片付けしてるの?」
心の中でひっそりと須藤先輩の温かい言葉をかみ締めていると、怪訝な顔をして聞かれたので私はあわてて説明した。
「えっと……、先輩達は練習メニューの事でキャプテン達に話したい事があると言っていたので、あとの事は私が引き受けたんです」
「……そっか」
「ところで、須藤先輩はどうしたんですか? さっき帰ったんじゃ……」
部室に戻ってきた理由を聞くと先輩は思い出したように、あたりを見回しはじめた。
「いや〜……、スマホを置き忘れたみたいでさ」
私も一緒になって探してみたけれど、見つからない。すると先輩が何か思いついたように振り返ってこう言った。
「そうだ。悪いけど、柏木から俺のスマホに電話してくれない?」
「ふえぇ!?」
「今、持ってる? というか何……今の『ふえぇ!?』って、もしかして嫌?」
「め、め、滅相もゴザイマセン!」
突然のなりゆきに、びっくりしすぎてちょっと喋り方がおかしくなってしまった。でも今はそんな事を気にしている場合じゃない。スマホを取りに自分のロッカーに飛びついた私を、先輩はクスクスと笑っていた。
「そんなにあわてなくてもいいから。……あ、準備できた? 番号言うよ」
これはスマホを探すためだって分かっているけれど、男子のしかも先輩に電話を掛けたこともない私は、変に意識しちゃって思わず通話ボタンを押す指先が震えた。
コール音がしてすぐ、どこからかくぐもった着信音が聞こえる。
二人で音のする方向を探すととロッカーのすき間にチカチカ光っているのが見えた。すると先輩が箒の柄を使って器用に手繰り寄せると、そのまま電話に出た。
「もしもし」
「も、もしもし、……柏木です」
先輩がそう言うもんだから、私も咄嗟に返事をしてしまった。
「ありがとう。おかげで見つかった」
「いえ、ど、どういたしまして」
目の前にいながらなぜかスマホで通話する二人。
その光景が何だか可笑しくて、同時に笑い出してしまった。
「はははっ! 思わず電話に出ちまった」
「ふふっ! 私も思わず返事しちゃいました」
「お? 良いね! その笑顔。柏木ってすごい大人しい子だと思ってたけど、なんだ、普通に話せるし今みたいに笑った顔、可愛いな」
「え……、え?」
そのままスマホを耳に当てて会話してたからかな……。
一瞬、何だか先輩に耳元で囁かれたような錯覚を起こしてしまった。
そんなこと男子から一度も言われた事がなかったから、どう返事をすればいいかなんて全然わからない……。
それに、どうしよう。鏡を見なくても分かる。
先輩の言葉、真に受けちゃって……。
きっと私の顔、赤くなってる。
「そういや、柏木の連絡先知らなかったな。ちょうど良いから、交換しよう」
「えっ、いいんですか?」
「おう! 何かあったらLINEでも電話でも良いから相談しろよ」
先輩は女の子とのアドレス交換なんて普通によくある事みたいにすんなり言ってくれたけれど、初めてのことだらけの私の心臓は破裂寸前だ。
「もちろん何もなくても、連絡くれて良いからな」
たった1学年上なのに、先輩はどうしてこんなに余裕のある大人に見えちゃうんだろう。私ばっかりドキドキさせられているようで、何だかちょっぴりずるい。
「お礼に、手伝ってやりたいところだけど、悪いな。この後ちょっと用事があって、また今度な」
「そんな、お礼なんて全然大丈夫ですから……」
「あんまり遅くならないように気をつけて帰れよ」
「はい。お疲れさまでした」
「お疲れ! ありがとな!」
先輩が部室を出ると、私は思わずその場にへたり込んでしまった。
夢を見てるんじゃないかって思ったけれど、スマホに登録された先輩のアドレス画面が本当だって教えてくれる。それを見ると胸の奥がきゅっと締めつけられるような気がした。