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第2話  大事なこと



 練習が終わり、ユニフォームからジャージや制服に着替えた部員が次々と部室から出て行く。残念ながらマネージャー用の部室はないけど、後片付けがあるので皆がいなくなった部室で最後に着替えることが多かった。


「マネージャー、お疲れ〜!」

「お、お疲れさまです!」


 部室近くにある水飲み場でボトルやカップを洗っていると、「ご苦労さん」「お疲れ」などと次々に(ねぎら)いの言葉を掛けてくれる。

 今のところ部員全員と普通に話せるのは、この「お疲れさま」ぐらい。会話のうちにも入らないって笑われるかもしれないけれど……。


 ――ううん。それでも良いの!


 練習を一生懸命頑張ったみんなに私が言えることといったらこれくらいの事だから、心を込めて挨拶を返していた。


 すると、いつの間にかすでに制服に着替え終わっていた綾香(あやか)先輩と(みやこ)先輩に声を掛けられた。


「ごめんね、柏木さん。私達ちょっと練習メニューの事でキャプテン達に話があって……あとのことお願い出来ないかな?」


 実は、入部したのは二人よりも私の方が先だった。けれど夏の大会のあと3年生が引退すると、残ったマネージャーは私一人になってしまった。

 サッカー部は女子から人気があったけれど、マネージャーの仕事は見た目よりも地味で量も多く、希望者はいても続かない事がほとんどだった。


 運動が苦手だったからもちろんサッカーの事も全然知らなかった私だけど、引退した先輩マネージャーから半年間、一生懸命仕事を教わったおかげで一通りはこなせるようになった。けれど引っ込み思案な性格が(わざわ)いして、男子部員達にかこまれるとぎこちなくて……。


 それに一人はさすがに大変だろうと見かねた先輩部員が勧誘をしてくれたおかげで、綾香先輩と京先輩が新しくマネージャーになってくれる事になった。

 入部してきた二人はあっという間に仕事を覚えた上に、クラスメイトの部員も多数いるので息が合っていた。


 だから……。


「はい。後片付けは私がやっておきますので、練習メニューの方はよろしくお願いします。お疲れさまでした!」

「そう? 助かるわ。ありがとう。じゃあ、明日ね」

「後はよろしく。柏木さん」


 今の私に出来るのは準備と掃除と後片付けくらいだと思って、笑顔で二人を送り出した。


 最後のボトルを洗い終え、時計を見るとそろそろ洗濯が終わっている頃だ。運動部共有で使用している洗濯機からタオルを取り出しカゴに入れ部室に運ぶ。夜の間は部室の中に干して、天気が良ければ朝練の時、外干しに切り替えている。


「よいしょっと……」


 まだ16歳なのに、最近つい口に出してしまう回数が増えたような気がする。部室に一人だから誰にも聞かれずにすんだのはありがたい。

 ふと壁の鏡に映った自分の姿に、見た目は変わったようには思わないけれど、ちょっとは力がついてきたのかなと思いながら、何気に(こぶし)(にぎ)って腕に力を込めてみた。


 ――その瞬間。


「おっかしぃな〜……。ここに忘れたのか……」


 いきなりガチャリと音がして部室の扉が少し乱暴に開くと、須藤(すどう)先輩が入ってきた。


「えっ……!」

「ん?」


 一瞬の間。


「きゃっ……きゃぁぁぁあー!!」

「おわっ!? わっ……悪い!」


 その時の私は力こぶを作ったポーズのままで、恥ずかしい姿を見られてしまったと咄嗟(とっさ)に叫んでしまった。すると、その声に驚いた先輩はすぐに部室を飛び出し扉を閉めた。


柏木(かしわぎ)か!? もう誰もいないかと思って……」

「い、いえ、こちらこそいきなり叫んでしまってごめんなさい。あ、あのもう大丈夫ですから……」


 何とか気持ちを落ち着かせて扉越しにそう声を掛けると、少しして先輩が顔を(のぞ)かせた。


「一瞬、着替中かと思って、(あせ)った〜。いや残念か……?」


 いきなり叫んだりしてムダにびっくりさせてしまった……と、しょげている私に先輩は明るく話し掛けてくれた。


「ははっ、(いさ)ましいポーズしてたけど、どうした?」


(あぅ〜……、しっかりと見られちゃってる)


「ご、ごめんなさい。その……マネージャーになって少しは力がついたのかなって……思いまして」


 あまりの恥ずかしさに、だんだん自分の声のトーンが下がっていく。


「ああ。いつも柏木は頑張ってくれてるもんな!」

「え?」


 先輩の言葉に私は不思議そうに聞き返した。


「ん? どうした?」

「いえ、私なんか……綾香先輩や京先輩みたいに上手く皆と話せないし、練習メニューの管理とか、全然サポート出来ていないので、頑張ってるって言っても……」


 誰でも当たり前に出来る事しかしていないので、いつも申し訳ないような気持ちでいっぱいだった。


「そんな事ない。だって、いつもドリンク用意しているの柏木だろ?」

「そうですけど、私なんかに出来るのはそれくらいの事しか……」

「それくらいじゃない。水分補給はすごく大事なんだ。いつも俺達のために準備してくれて、重たいのに一生懸命運んでくれる姿見てるとさ、こっちも頑張らなきゃって気合入るんだ。だから、いつもありがとな!」


 笑顔の須藤先輩の言葉に、思わず胸をつかれた。

 みんなのためにと言いながらも、自分の仕事を「それくらい」とか「私なんか」って、いつの間にか()ねた気持ちになってしまっていた事に気づかされた。どんな仕事もちゃんと大事なことなんだって、あらためて教えてくれたような気がした。


 私もちゃんとサッカー部の役に立っていること、そしてそんな姿をちゃんと見てくれている人がいたという事が、嬉しくてたまらなかった。



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