第1話 走れ!
「走れ!!」
後半ロスタイム。
諦めのため息に包まれる応援席。
夏の高校サッカー県大会、準々決勝。
相手チームとの点差に、ピッチ上で思わず下を向いてしまったチームメイト達にただ一人、声を張り上げ、檄を飛ばす選手がいた。
誰もが逆転することはもう無理だと分かっている状況に、それでもホイッスルが鳴るその瞬間まで諦めずにボールを追いかける。
その姿に、私は目を奪われた。
頑張ったって、もう試合には勝ってっこないってみんなが思っている。
なのに、あの人はどうして最後まであんなにも頑張れるんだろう。
一生懸命やっても報われない事だってある。
まだ15歳、中学生の私だってすでにその事を知っている。
引っ込み思案で何に対しても消極的な私だけど、さっきからどうしようもなく目の前を駆け抜けるその人を視線が追いかけている。
この時、私も「見つけたい」って思ったんだ。
強く、強くそう思ったんだ。
あんなに一生懸命になれる「何か」を。
本当は心のどこかでは、ずっと探していたのかもしれない。でも、一生懸命何かをするのがカッコ悪いっていつの間にかそんなふうに考えるようになって……。こんな私でも見つかるかな。
ボールを追い掛けてまっしぐらに走る姿が、たまらないほど眩しく私の目に焼きついた。
◇◆◇
「スクイズボトルOK。ウォータージャグOK。カップOK。あとはゼッケンに、タオルと……よし、揃ってる! よいしょっと……おっと、と……」
両手いっぱいに荷物を抱え部室を出ると、ヨタヨタしながらもグラウンドに向かう。あちらこちらから聞こえ始めてきた運動部のかけ声に、小走りに「急げ、急げ」と自分を励ましたけれど、荷物が重くてなかなかスピードが上がらない。
私、柏木結衣、16歳の高校1年生。
勉強はそこそこだけど、運動は小さい頃から大の苦手。おまけにメガネで全体的に地味な見た目はいかにも文化部な私だけど、高校に入って選んだ部活はサッカー部のマネージャーだった。
「あ、やっと来た。柏木さん、遅かったじゃない。もうすぐみんな休憩だから」
「す、すみません。綾香先輩」
やっとの思いでベンチに辿り着くと、2年生の白石綾香先輩に待ち兼ねたように声を掛けられ、あわてて荷物を定位置にセットして行く。
そうこうしていると、ダッシュの練習を終えたサッカー部員達が次々にベンチへと駆け寄ってきた。
「お、お疲れさまで……」
「みんなお疲れ! 用意出来てるから、ちゃんと水分補給してよね」
入部して半年も経つのに、いまだ部員のみんなとあまり上手く話せない私、勇気を出して口を開きかけたけれど、綾香先輩がすかさず一人ひとりに声を掛けながら、テキパキとタオルやドリンクを手渡していく。
綾香先輩はすごいなぁ。
私もいつかあんな風にしっかりとしたマネージャーになれるのかな?
もともと男子と話す機会なんて今までほとんどなかったから、いまだに声を掛けるだけでも緊張してしまう。同級生の男子ならまだしも相手が先輩ともなるとまだまだハードルは高かった。
「柏木マネージャー、水お願い!」
「は、はい!」
綾香先輩を尊敬の目で眺めていると、2年生の須藤悠司先輩に声を掛けられた。
副キャプテンをしている須藤先輩は、引っ込み思案の私なんかにも気にかけてくれて、入部当初からこうやって度々話し掛けてくれる優しい先輩だった。
大げさかもしれないけれど、やっと巡ってきた出番に張り切って返事をすると、ウォータージャグから急いで水を汲んだ。
「あ、柏木さん。ここは私達で大丈夫だから、部室の掃除お願いできるかな?」
すると、もう一人の2年生マネージャーの清田京先輩に呼び止められて、私が手に持っていたカップを受け取るとそばにいた綾香先輩に渡した。
「柏木さん、助かるわ。あとは任せてね!」
「は、はい。分かりました。あとはよろしくお願いします」
綾香先輩にもそう言われ、私は勢いよく返事をすると来たばかりのグラウンドを引き返すことになった。
「あ、悠司、はいこれ。熱中症には気をつけてね」
「お、おう……、サンキュー」
せっかくの出番だったけど、仕方ない。
部室を快適にするのもマネージャーの仕事だ。
私も私の出来ることを頑張って、皆を少しでもサポートすることが出来れば良いなと思って、両手でパチンとほっぺを叩いて気合を入れ直すと、部室の掃除に取り掛かった。