9。ぶっこみ指令
みゆから受け取った台本にカイトは目を通した。
みゆが所属する『国民的アイドルグループ・チームなにわっ子』の単独ライブ。
最終日となる3日目。この日は千秋楽サプライズとして『チーム・レジェンド』次期センター候補の1人であり本本命と言われるコヒマコこと小比類巻真子、そして名古屋に本拠を置く姉妹グループ『サカエ・チャーミーズ』のセンターを務めるジュリーこと松下ジュリアを迎えることになっている。
台本には『総合MC:柊みゆ』とある。
「ビッグゲスト登場だな。メディアにも大々的に載るだろう」
「私もう今からお腹痛くって。さすがにもう逃げたい」
「心配すんなって。俺がついてる」
そう言いながらカイトは台本に線を入れていく。アドリブの指示と絶対にアドリブを入れてはいけない箇所を指定していく。その肩にみゆがもたれかかって覗き込む。
「ここと、ここだな」
コヒマコこと真子とみゆはラジオ番組で絡んだことがあり、比較的手の合う相手であったことから構想が立てやすい。問題はジュリー。ジュリーは11歳で『チャーミーズ』創設メンバーとして入団し、当時の『チーム・レジェンド』エースとのダブルセンターとしてCDデビューを飾り、『国民的アイドルグループ』を引っ張るトップエースなのだ。みゆとは初顔合わせになる。
「ここで敬語は終わりだ」
カイトが指で台本を叩く。ライブ中盤にみゆ、ジュリー、マコ3人によるトークコーナーが用意されている。その開始4分20秒の段階でジュリーに対して『タメ語』で行けというのだ。
「だけど…、ジュリアさんは私より年下だけど。そんなタメ語なんて……」
みゆは両手をぎゅっと握りしめた。ジュリーはきらびやかなルックスと超絶ダンスを武器とし、特に4歳から始めたダンスの技量は「ダンスメン」が揃う『チャーミーズ』でも他の追随を許さない。そしてなによりチャーミーズの絶対センターであるだけではなく『国民的グループ』をも引っ張るそのプライドと負けじ魂は誰よりも強く、気性はすこぶる激しい。年長者であろうと一切の妥協を許さず、年下だと思って『タメ語』を使う者がいれば激しく反発するのである。
アンチから、時にはファンからもその態度を批判されても一向に意に介さない揺るぎない自信と信念。「プロである以上当たり前だ!」そう言い放つジュリーと対立し、打ちのめされ失意のうちに退団した者は数知れない。
「そしてジュリーを指差してこう言うんだ」
カイトがニヤリとしながら言う。
「『バカなんですよこいつ!!』って」
11歳で加入してキャリア8年目、「次世代」と言える年代でありながら、既に名実ともに現役ベテラン大エースのジュリアと売り出し中とは言え、17歳というアイドルとしては遅いデビュー、キャリア3年目のみゆでは格があまりにも違う。グループ総監督である横田結衣でさえ絶対敬語である松下ジュリアに『タメ語』を使って『ぶっ込んで』行けとカイトは言うのである。
「む、無理だよ。そんなの。私、怖い……」
「大丈夫だ。でもタイミングを外したらおしまいだけどな。会場では暴動が起こり、運営に睨まれて『干され』まっしぐら。お前のキャリアもジ・エンド」
クククと笑ったカイトにみゆがしがみつく。
(カイトとも別れなきゃいけなくなる)
「ひどいよそんなの!!」
カイトはその髪をなでながら言う。
「タイミングはシビアだ。4分20秒。ステージ上の1分は永遠みたいに長く感じるがそれでも1分だ。4分20秒は必ずやってくる。そこにドカンと合わせていく」
「私やらないから!こればっかりはカイトの言うこと聞けない!」
「やるんだよ。そしてお前は必ず成功する。俺を信じろ」
カイトはみゆの目をじっと見つめる。
「あのクッソ生意気なジュリアをマジ泣きさせてやるんだ」
みゆは頷くしかなかった。
カイトはじっとその目を見ていった。
「考えるな信じろ」