6。ラップで突き刺せ!
「たまには外を一緒に歩きたいよ」
「ダメだよ。誰かに見つかったらどうするんだ」
「誰かって?」
「そりゃ、ファンとか、写真週刊誌とか。お前は大事なときなんだぞ。ここからリーノとマーユを食い尽くしてトップに立つんだ」
「マーユさんは今年で卒業だって」
「ほんとか!?」
「今度の総選挙で発表するって。もう卒コンの日取りも決まってるらしい」
「リーノは!?」
「姉妹グループの総支配人を兼任するって」
「ははっ、ありきたりなサプライズだな。お前ももう3年目だろ?そろそろ勝負しなきゃな」
「勝負?」
「総選挙1位だよ。マーユ卒業を喰ってやれるし、リーノを潰せる」
「そ、そんなの無理だよ!あの二人とは桁が違うもん。握手の売上だって」
「お前だって伸びてるじゃないか」
「でも4部以上に伸びない。1位取るなら6部完売じゃないと。」
握手会1部の定員150人。人気メンバーほど部数が多い。みゆはグループ選抜常連の地位を固めつつあったものの握手部数が停滞していた。
「関西が強いが関東はもうひとつだな」
「単推しがどうしても増えなくて……。やっぱり本店じゃないと無理だよ」
「たしかにな、サーヤ姉さんが絶対センターでいるうちは支店メンバーから本店を食い破るのは難しい。それにヲタ以外の一般視聴者は本店と支店の区別なんてつかない。いつまでも格下扱いだ。」
みゆが所属する国民的アイドルグループは主要都市のブロック制をとっている。炎上女王こと指浜リーノや国内屈指の本格正統派として鳴らす渡來マーユが籍を置くのはアイドルの本場である東京アキバ、「本店」と呼ばれる『チームレジェンド』であり、みゆが所属するのは大阪ナンサン通りに本拠を置く『チームなにわっ子』である。後発の地方グループはどうしても格下扱いされ、本店である『レジェンド』に対する「支店」と呼ばれているのだ。
「だっていつも結局サーヤさんの引き立て役だもん」
「何か次の一手が必要だな。別ルートで本店に突き刺していけるような」
「何か思いついた!?」
みゆが這いずるように身を乗り出してきた。
「これだよ」
カイトはTシャツを見せた。胸に大きくプリントされた文字が打ってある。
『GOD DAMN!!』
「なにこれ、ゴッド・デーム?」
「ガッデーム!と読むんだ」
「どういう意味?」
「ド畜生ッ!バカヤローっ!って意味さ。着てごらん」
「ガラ悪くない?」
「ガラ悪いのがラッパーの証さ」
「ラッパー?」
「ああ、ガラの悪い態度でヌルい言葉をテキトーにだらだらと節をつけて歌う誰でもできるアホなお遊戯だ。清純アイドルとワル!これがアホな視聴者の胸にビンビン響くってわけよ」
そういってカイトは早速ネットを検索してラップの有名ドコロをみゆに聴かせた。みゆは身体を揺すってリズムを取る。
「簡単だろ?やってるヤツみんなバカなギャングだからな」
「これならできそう」
ラッパーのパーティーであるレイブ(RAVE)では麻薬と輪姦がつきものだった。カイトも参加したことがあった。海外のラッパーの真似をしている落ちこぼればかりだから簡単に潜入できた。本当のラッパーなどひとりもいなかった。ウケるものを作ること、売れることだけを考えているのだ。
(結局は金儲けだ!)カイトは内心で吐き捨てた。
「『アイドルなのに』というのが重要なんだ。ギャップを活かすのさ。それからな。こういうのはやめたほうがいい」
「どうして!?カイトのためなのに……」
「だからダメなんだ」
そういってカイトはみゆのファン向けSNSの画像を指差した。
「コメントを見てみろ」
ファンからのコメントにこうある。
『みゆタスの激推しメンって一体どうゆう……?』
みゆがことあるごとに「みかんマン」のTシャツや帽子を身につけてSNSに登場することに不審感を抱いているのだ。この「みかんマン」はカイトお気に入りのご当地キャラであり、みゆが身につけているものはカイトがプレゼントしたものなのだ。
「まさか……!?」
「ヲタクの嗅覚をナメないほうがいい。こいつらは嫉妬心と猜疑心のカタマリだからな。俺からのプレゼントは一切画像に出すな」
ファンたちはみゆがファン全員へのものと見せかけて特定の個人への私的なメッセージを送る行為、『私信』を行っているのではないかと心配しているのである。
「わかった。でも……」
「愛媛出身のメンバーいただろ」
「いたっけ?」
「いるんだよ。この水野詩絵ちゃんだよ」
そういってカイトはさっと検索すると「なにわっ子」研究生・水野詩絵(13歳)の宣材画像を見せた。ポーズを取るその手には『みかんマン』のキャラクターグッズを持っている。
「そういえばそんな子いた!」
「お前は今日からこの子推しだ」
「なんで!?全然興味ないし。喋ったこともないよ」
「お前が『みかんマン』をアピールし過ぎたせいでヲタが感づきつつある。だからみかんの産地愛媛出身のメンバーと仲良しアピールして単なるみかん好き、「みかんマンのファン仲間」とアピールするんだよ」
「そういうの苦手~~!」
「やるんだよ。やれるかな?じゃなくてやるんだよ!よく攻め、よく守る。攻めるばかりじゃだめだ。それにお前は『推され』なんだから強引に行っていい。」
カイトはみゆを抱きしめた。
「俺の夢はみゆをトップスターにすることさ。今度の総選挙で選抜16位入りを目指していこう。ゴールデンタイムのスピーチであの二人を喰ってやるんだ。よ~ガリィッ!?」
「うん、わかった!頑張るぞ――っ!カイトのために、チェケラッ!」
裸エプロン姿のみゆはコブシを突き上げ、そしてカイトの胸に頬を埋めて何度も擦りつけた。