5。『雀紅』との遭遇
「これなぁに?」
「ん?これか、麻雀っていうんだ」
みゆが手に取ったカイトの雑誌を珍しそうに眺めている。
「こないだは8万勝ったぜ」
「え?日本では賭博は禁止じゃないの?」
「雀荘では当たり前にカネを賭けあってる」
「犯罪じゃん」
「警察だって知ってるのさ。お目こぼしってやつ」
「どうして?」
「いいんだよ。バレなきゃいいんだよ。お前たちの握手会だって本当はダメなんだぞ。風俗なんだから。営業許可もらわないといけない。ほんとはね」
「お目こぼしってやつ?なんで見逃してもらえるんだろう」
「清純処女アイドルが多いからじゃないか?」
カイトとみゆは笑いあった。そして抱き合った。
「ねえカイト、私怖いの」
「何が怖いんだよ。俺がついてるじゃないか」
「だって私カイトがいないと何もできない。ブッコミも炎上も全部カイトが考えてくれてるし」
「それでいいじゃん。俺に任せとけよ」
「リーノさんは全部自分で考えてる。リアクションも凄いし的確。私は手持ちのネタがなくなると固まってしまう。『フリーズ中』とかアンチに言われてつらいの」
炎上ブッコミの一撃目がヒットしても第二弾、第三弾が続かない。そこにみゆは悩んでいた。一発ギャグで終わってしまうのだ。視聴者もだんだんと慣れてきて飽きられ始めていた。
「せっかく勉強したのに、哲学ネタは視聴者がついてこれないってプロデューサーさんから言われるし……」
「なるほど。新しいキャラが欲しいな」
カイトはテーブルの上の麻雀雑誌を手に取った。
国民的アイドルグループ総合プロデューサー秋長康人のSNSにメッセージが書き込まれた。
「私っ!柊みゆは最近ひろった雑誌に載ってた麻雀マンガに夢中っす!ゲームだけでは飽き足りないっす!こうなったら自分でも打ってみたくてたまらないっす!もう全身ウズウズっす!どうか先生!プロ並み、いやプロを遥かに超える麻雀ウルフと名高い秋長先生の教えを私に叩き込んでほしいっす!」
業界ナンバーワンの雀士と密かに自負している雀豪・秋長康人は相好を崩して返事を打った。
「いいね!やろう!遂に我がグループからも麻雀アイドルが出てくれたか。そろそろ現れるだろうと僕には前からわかっていた。みゆたんのために番組をひとつ作ろう!」
「やったー!カンチャンずっぽし!」
「うっひょー、アイドルがずっぽしだってえ(笑)」
「ローン!ド単騎ドンピシャ!」
「まいったなぁ。男ならぶん殴るんだけど、みゆちゃんなら許しちゃうな(笑)」
「うわーん、待ちがわからないっすー!(目をウルウル)」
「ターメン待ちのときはね……」
「こういうときは待ちを崩してサンショク狙いに行ったほうがいいよ」
錚々たるトップ雀士達から初心者が直接指導を受ける姿、そしてむくつけきオヤジたちの中に、花のような清純アイドルがいるシュールな光景に視聴率も上々だ。
「みゆちゃん女の子なのに麻雀なんてどこで知ったの?」
「いやあ、エロい雑誌を探して公園をウロついてたらそれっぽい雑誌が落ちてましてえ……(笑)。それが『前衛麻雀』って雑誌だったんすけど、まぁ読んでみるかって。そしたら面白くて。そこに特別寄稿!と題して秋長先生のコメントがあって。『麻雀は哲学だ』って」
「ああ、あの号か!ところで、みゆちゃんエロに興味あるの!?」
「きゃっ、もう、私アイドルなのにそんな……、(頷く)」(爆笑)
「年頃だもんな。彼氏とか作らないの?」
「ダメっす!それはダメっす!国民的アイドルグループは恋愛禁止なんです!!」
「そんなにムキにならんでも(笑)」
「いやいや、ここは言っとかないと。ファンを心配させるわけにはいかないっすからね。おっとツモーっす!」
「ああっ、やられたなあ、もう!」
「三暗刻、門前ツモ、ドラドラドラ!」
「(オヤジたち一斉に)うわあ!だあああああ!」
みゆは微笑んでいた。鏡の前で何時間も練習した『自然な笑顔』だ。
「桜田先生―っ!」
収録後に『本日のスペシャルゲスト』として登場した200戦無敗のベテラン雀士『雀紅』こと桜田章一プロが局のロビーにいるところにみゆが追いついてきた。
「お疲れ様っす!今日はご出演いただいて本当にありがとうございました!」
「おう、みゆちゃん大した腕前だね。うちのクラブ『雀紅会』にも一度遊びにおいでよ」
「ありがとうございます!是非!それでですね……」
「どうした?」
「桜田先生!サインしてください!」
「おう、喜んで!」
桜田プロはみゆが差し出した番組特製パネルに快くサインしてくれた。
「私、『雀紅スタイル』を毎晩観て勉強してるんです」
『雀紅スタイル』は桜田プロが徹底解説する麻雀教則DVDだ。娘くらいの歳のみゆにそう言われて伝説の『雀紅』桜田プロも相好を崩す。
「おお、そうかい。お役に立てて嬉しいね。はい、できあがり!」
「ありがとうっす!!」
みゆはパネルを嬉しそうに抱きしめて一礼した。桜田プロがふっと勝負師の目になった。
「みゆちゃんさ、気づいてた?」
「何をですか?」
桜田プロはじっとみゆの目をみつめていた。みゆはキョトンとした表情で桜田プロを見上げ、それから日々鍛錬しているアイドルスマイルをふわりと浮かべた。
かつて裏麻雀の世界で数多の対戦相手を破滅に追い込んできた伝説の殺戮雀士・桜田プロであったが、少々たじろいだような表情を浮かべ、思わず頬を赤らめる。
「あ、いや、ごめん。なんでもない。お疲れ様。またよろしくね」
「お疲れ様でしたー!」
みゆは桜田プロとその弟子筋にあたる『雀界の光源氏』児島プロとが「通し」と呼ばれるサインを出し合っているのを見抜いていた。この二人のトッププロは番組を盛り上げるためにアガリ手をコントロールしていたのだ。みゆはそれを見抜き、裏をかくことで大物手を作っていたのである。
みゆはカイトが大ファンである桜田章一プロのサインが入ったパネルをもう一度天高く掲げてから改めてギュッと抱きしめた。行き交うスタッフ達がそんなみゆを微笑ましげに見ている。
(カイトの言ったとおりだった!すごい!すごいよカイト!)
この回の『柊みゆの麻雀リアルバウト!みゆたん差し馬いったるで!!』の視聴率は異例ともいえる伸びを示し、1クール予定だった放送期間を3クールに伸長することが決定された。『雀紅』のサイン入り特製パネルは現在カイトの部屋に飾られている。