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35,アイドルの星

「もう一人いる」


 火竜が自らのスマートフォンの画面を見ながら言った。

彼は今このホールの警備システムを全てハッキングし手元でコントロールしている。


「はあ!?悪者は俺たち二人だけだろ」

「1人はシナプスだ。もう一人は……誰だ?」


 彼らの依頼人であるシナプスはホール北側の一室に潜んでいる。地図上に赤い光点として示されている。彼らの仕事を見届けるためだ。それとわかるように識別信号を発信し続けている。しかし火竜のスマートフォンには未確認のもうひとつの光点が映し出されている。それぞれの人物が発する位置情報を画面上に表示したものだ。そのもうひとつの緑色の点は悪者たちでも警備員たちでも美留達『アイドル忍者戦隊』でもない。


「どこに向かっているんだ」

「探している」


 その光点はスマートフォンから発信される位置情報である。この光点の主は特殊アプリを使って誰かの位置情報を探知しているのである。しかしそのために自らの位置情報を晒すことになる。


「柊みゆを奪うためだろう」

「仕事の邪魔をする奴なら」


 銀狐が親指で首を切断するポーズをしてみせた。火竜が頷く。その目には暗い炎が燃えている。


「もー!ヤンチュが『やってみい!』とか言うから圏外にされてもたやん!」


 そう言う梨奈の目は笑っている。ナナミの目も笑っている。


「これでモニタールームの監督達に救援を求めることはできなくなりましたね」


 ヤンチュがほっぺをふくらませる。


「こんなん『フリ』やん。『殺す』なんて言われたらやってみい!しか言いようがあらへん」


 カナエは得意のサッカーで鍛えたキック、そしてゲームでマスターした昇竜拳を繰り出している。


「オトナたちなんかに助けられてたまるかい!おりゃー!!」


 美留が伸びをして豊満なボディーを揺すった。


「どっちみちこのままやったらコンサートは中止やからな」


 静かな振動が伝わってくる。建物が揺れているようだ。


「な、なんや!?」


 通路の先、その先の壁が静かに回転し通路が出現した。そこから3人の覆面をかぶった男たちが現れた。アイドル達は身構えると男たちをぐっと睨みつける。


「お前らかあ!悪者は!!」

「みゆをどこへやった!」


 しばらくじっと彼女達を見ていた男たちは突然背を向けると走り出した。


「待てやあ!!」

「うちらのコンサートは止めさせへんぞ!!」


 逃げ出した男たちをアイドルたちは追跡した。美留はしかし或る事に気がついた。


「あかん!罠や!」

「目の前におるやんか。とっ捕まえたらええねや!」


 男たちの背中に掴みかかろうとした二人が前のめりに転倒する。側面の壁がくるりと90度回転し二人はその向こうに閉じ込められた。


「ああ!!ミーナ、ヤンチュ……!」

「こ、これ、どういうことなんや!?」

「この音や……!」


 美留は数年前この現象を見たことがあった。父が勤務する先端技術研究所を見学させてもらったときのことだ。ホログラフィーが画像を立体化する際に生じる独特の周波数。


 通常は特別の機器を装着しなければ聞こえないその音を美留のイヤモニが捉えていた。

回転した壁があった場所には新たな通路が開けている。その先には扉がある。


「こっちに来いってことかっ!」

「勝負したるってことやな」

「気合入れて行けや。ドント・ルック・バック!」

「なにわっ子の闘いにブロードウェイ(引き分け)はないねん!」

「おう!」


 駆けつけた美留がドアを蹴破った。

「コラア―っ!!」

 梨奈とカナエが続く。



 リーノが若手たちをステージ上に迎え入れた。選りすぐりの若手美少女達に話を振っていく。


「あなたのお名前なんてーの!?」「言いたいことはある!?」


 トークで若手を料理する。若手にMC体験の場を与えるためでもある。

1人の若手が初めてのMC体験に舞い上がっている。


「全てに対して言いたいことがあります!」

「全てとはなに?」

「運営や、上の人達、その全てです」

「気づかせてやんな!次、あんた!」

「私は……、明るい未来が見えません!」

「見つけなさい!はい次!怒ってることはある!?」

「ケータリングがパンとナゲットだけです!」

「それ以上太るとまずいから我慢しな!」

「あなたはなにかある!?」

「私は、なにわっ子でアイドルをやります!本店移籍の噂があるけど兼任はしません!!私は生涯なにわっ子です!」」

「いいね。いいね。自分達のほんとの怒りを叩きつける、そんなアイドルグループを自分たちで作るんだよ!私に聞いてもしょうがないよ!!」

桃花のツッコミが入る。

「ちょっ待てっ!あなたが聞けってゆうたんや!」

「あ、そっか」(会場は爆笑である)


 リーノが満を持して舞台袖に指を差した。可憐に駆けてきたのは大天使、神の子アーヤこと山根彩乃13歳である。


「おおーっ!来ましたよ来ましたよー!期待の次世代エース候補山根彩乃ちゃんですよー!」


 真打ち登場に会場も一斉に沸き立つ。ひときわ大きな歓声に揺れる。


「アヤーノは何か気になってることあるかな?」

「はい」

「言ってみな言ってみな」

「私は知りたいことがあります!!」

「なになになに?」

「『考えるな感じろ』」

リーノは頷く。その先を頷いて促す。

「うんうんうん。それでそれで?」

「私はその言葉には続きがあるような気がするんです」


 そして13歳の純真な瞳で莉乃を見上げた。


「台本通りじゃダメなんですか!?」


 会場がどよめいた。客席通路にいる灘井ヒロシも腕組みをして身を乗り出す。


 リーノがその空気に巧みに対応する。

「いやいや皆さんそんなにざわめかないで。台本ね。あるとかないとか某ネットでは言われているようですが。いや~、なんていうかな。台本はあるんですよ。台本自体はね。そりゃありますよ!だってCDの発売日だとか、番組の告知とか、イベントのテーマとか、そういうことについて『これこれ言って』という運営からの指示は当然ありますよ。いくら私達でも好き勝手することはできないですからね。ただ皆さんが気になってる、いわゆる『アングル』だとか『ケーフェイ』だとか。そういうことですよね?これなんて言ったらいいのかな?『セメント』ね。でも無い場合もこれはあるんです。無い場合、その空白をどう活かすかはメンバーそれぞれのセンスなんです」


 アヤーノが不安を秘めた瞳でリーノを見上げながら続ける。


「台本通りではスイングできないんですか!?」


 その輝きを前にして莉乃の表情がふっと引き締まる。同時に会場がしんと静まり返った。しばし沈黙が会場を支配する。ファンたちが息を詰めて聞いている。リーノは言った。


「なるほど、それで『考えるな感じろ』というわけか。先輩たちから聞いた?」


アヤーノがコクリと頷いた。


「裏台本」「アングル」の存在を教わるレベルにアヤーノも成長したということだ。リーノはうんうんと一人静かに何度か頷いた。そしてアヤーノの目をまっすぐに見て言った。


「それはこういうことだと思うよ。アイドルは空に見える明るい月のようなもの。台本は指のようなもの。指は月を指すことはできる。だけど指を見ているうちは月を見ることはできない。だから指ではなくその先にある月を見なきゃいけないの。アイドルの真実はそこにある。だから『考えるな感じろ』。指ばかり見ていてはその先にある栄光はつかめない。真のスゥイングを呼び起こすことはできない。」


 リーノはそういってアヤーノの頭に手をおいた。


「アヤーノにもきっと見えるよ。アイドルの星が」


 リーノが腕を伸ばし指を鳴らす。曲の要請だ。大ヒット曲「恋するフォーチューン・スター」が流れ始めた。精鋭若手アイドル達がリーノを中心にさっとダンス・フォーメーションを組む。60年代ブラックミュージックをモチーフにしたノリの良いディスコナンバーだ。再び会場にはレーザーが飛び交い、観衆達は総立ちになる。


 モニタールームでは客席の大歓声を聞きながら秋長が、そしてスタッフ達が、誰ともなく呟いた。


「『考えるな感じろ』の先か……」


ドアが開いた。一斉に視線が集まる。入ってきたのは松下ジュリアだった。


「秋長先生、門倉部長、いつも私達のために素敵なステージを作ってくださるスタッフの皆様!!」

そういってジュリアは深々と頭を下げた。


「コンサートを続けさせて下さい。みゆは必ず私達が救出します。お願いします」


 ジュリアは門倉に言った。


「お願いします。私はまだオトナになりたくありません!」


 そして深々とまた頭を下げた。しばし沈黙があった後、秋長は門倉に言った。


「全ての天使がラッパを吹き終える時、そこに新しい世界が現れると言いますね」


 門倉の表情が綻んだ。星野大仙社長が『ジュリアの瞳にバーニング・スピリットを見た』と言った日のことを思い出した。中京ビッグ・トレイル社がジュリア、そして国民的アイドルグループに協力することを決定したのは営利企業としてのビジネスとしてではなく、人生を危険に晒しながら新しい世界を開く若者達を応援するためなのである。


「そして星を掴もうとする若者達の魂はどんな困難をも糧にして輝きとともに乗り越える」


 監督が莉乃に新たな指示を飛ばした。


「中止は撤回!」


 それを聞いた莉乃はくるりくるりと3回転した後で満面の笑みと共に指をさす。その指の先には窓がある。1階席と2階席の中腹あたりに並んでいるそれはモニタールームの窓だ。秋長康人がニヤリと笑って指を差し返した。

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