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33,エッチな水着

「おっとっと!」

「大丈夫!?」

「なんか感覚がおかしくなるな」

乗っていたゴンドラからステップに降りた桃香がよろめいた。真央が支える。

「上空待機は初めてやったからな。ここは地上何メートルくらいやろな?」

ゴンドラの真下にはステージ。そしてその先は見渡す限りの大観衆の海だ。

「天空席まで満杯やな」

最深部の最上段、通称天空席と呼ばれる最も天井に近い席までいっぱいに詰まったファン。

その手に持ったサイリウムが揺れる。さながら銀河に輝く星々のパノラマだ。

「キレイなもんやなあ~」

「あかん。なんかうち涙出てきた」

「ありがたいこっちゃな。ファンあってのアイドルや」

メンバーたちはカンカンと音を立てて舞台裏の急な階段を降りた。

「気ぃつけや。こけたら大怪我やで」

「あんたこそ転びなや。ドミノ倒しになる」

「きゃっ」

「ほらもう!ゆうてるそばから!」

「姫路城バリの勾配やな」

「あっちのほうがキツイわ。手すり滑るし」

「お尻めっちゃ下から見られるしな」

「とりま、なんか大変なことになってるようやな」

地上階に戻った桃花、真央、サラはすぐにそのまま舞台袖にスタンバイする。リーノから合図がかかればすぐに飛び出す用意を整えた。


スタッフたちが続々とモニタールームに集まってきた。

監督とマネージャー、スタッフ長がそれぞれを確認する。

「これで全員やな。念のためにもう一回点呼取るで。」

それぞれの瞳をじっと見て本人を確認した。

「今、会場内をウロウロしてるスタッフは悪者っちゅうことや」

「あっ、すいません。相方が……」

お笑いコンビ「テロップリーダー」和田悠介だった。

「テロップリーダー」は荒妻雄大と和田悠介による中堅お笑いコンビである。国民的アイドルグループの番組やイベントMCとしてはおなじみの存在だ。最近は『チームすえひろがり』に帯同することが多い。今回のコンサートにも盛り上げ役として呼ばれているのである。スタッフ受けもよくメンバー達からは兄のように慕われている。総合プロデューサー秋長康人も気に入っており「すえひろがり」の公演タイトルにはその名を冠する「テロップリーダー公演」があるほどだ。

「まぁええわ。時間がないねん。荒ちゃんは悪者ちゃうし」

監督が話し始めようとしたときに荒妻が汗塗れで駆け込んできた。

「すいません!白い煙に邪魔されまして」

「バカ!」

和田にケリを入れられた。張り詰めていた空気が少し和んだ。

スタッフおよびサポートアーティスト、芸人達、そしてメンバー代表の山本サーヤと小比類巻真子が揃った。監督は改めて言った。「これで全員やな」

サーヤはマコと顔を見合わせた。一応行ってみたもののジュリアの楽屋にはカギがかかっていた。

ジュリアは出番が近づくと意識を高めるために瞑想に入る。目を閉じて静かに自らの意思と語り合い、出番寸前まで精神を高め続ける。その間中は誰のどんな言葉にも応答することはない。それは現場にいる誰もが理解していた。


「このホールなんやねん!?」

「戦時中の処刑場跡ゆうて聞いたことあるで」

「自分の国を守るために戦ったのに戦勝国の裁判で勝手されて戦犯扱いされたら収まらんわな」

「なんでそんなとこにホール作るねん??」

「むしろそういう場所やから引き取り手がなくてだだっ広い空き地になってんちゃうん?」

「劇場は『出る』ゆうもんな」

「あ、アホ抜かせ、そんなことあるかい!」

さしもの美留もお化けだけは苦手だ。

カチャリ……。物音が聞こえた。タタタタタと人が走る足音がする。

「え!?誰かおる!?」

「どないしてん?」

「角の向こうから人が見とった。」

「ちょっと待て、角なんてないで。一本道のはずや」

「え、だって。……ほんまや」

ナーミには見えたのである。

背後を振り返った時に角から覗くようにこちらを見る男の顔が。しかし通路は一本道である。

「あれ~~」

「気のせいやろ」

「やろか?」

「そういうセリフってフラグやで」

「盛り上げんなや~~」

コツコツと美少女たちの足音が通路に響く。ヤンチュが言った。

「あのさ、うちら忍者戦隊やん?」

「結成されたんは数分前やけどな」

「せやったらなんか忍法使えなあかんやん?」

「そういうことはあまり気にせんでええねん」

「気分の問題やからな」

「ほなレッドは誰やねん?」

「うちはピンクがええわ」

「あかんで!ピンクはうちやで!」

「ミルルー、あんたリーダーやねんからレッドやりーや!」

「ちょ待て!うちはグリーンとか絶対イヤやからな」

「インジャンで決めようか?」

「負けたらグリーンやで?」

「いややー、グリーンいややー!」

「ジャンケン大会やのうてインジャン大会であるべきやんな」

なにわアイドルたちは『インジャン』をした。

「イン・ジャン・ホイ!」

「やったー!やっぱりチョキは強いで!」

「おっきい声出すなっちゅうねん。悪者がおるかもしれへんねや!」

「美留がピンクなんて普通やん!!」

「じゃわかったわ!うちはブルーでええからあんたグリーンやり」

「グリーンはいややー!」

「じゃもうみんなピンクでええやん」

「マスクせなあかん」

カナエが衣装のスカーフで顔を覆った。

「それ昔のコントのコソ泥やん」

「いややー、ドジョウすくいみたいやん!!


メンバーたちのきゃぴきゃぴとした声が響いた。

ヤンチュはふと気になった。


「10分でこれ帰れるんやろか?」

「何年国民的アイドルグループやっとんねん。予定通りにコトが進んだ試しがあるか?」

「せ、せやな」

「10分ゆうたら10時間のこっちゃ。『お釣りは100万円』と一緒や」

「全チームで新公演やるゆうてデカデカと新聞広告まで出しといてから、3年経ってやっと1作だけやもんな。あとは特別公演でごまかしとーし」

「チーム瀬戸内っ子なんてもっとひどいわな。船上劇場なんて無茶しすぎやわ」

「あんなん詐欺やで。運営と秋長先生が詐欺にひっかかってんねん。最初から船なんて無理やねん」

「うちらはええとしてもメンバーの子ら可哀想やな」

徒歩で進むとホールから断続的に轟く歓声がよりよく聞こえる。

「あの、ミルさん」

「なんやねん?ギムレットにはまだ早すぎるで」

「リーノさんに『ぶっこんだら』どうなると思います?」

「ナナミも気になるんか?」

「ま、まぁ。一応トップの人ですからね」

「水着になりよるわ。エッチな水着にな。」

「えええっ!?アイドルなのにそんなこと……!?」

「やるねん。だからトップ獲れるねん。」

「でもステージ上でエッチな水着になるなんて、そんなの反則ですやん」

「知らんの?アイドルの世界では5秒以内は反則オッケーやねん。だからその5秒以内に客をノックアウトしてまえばええねや」

「そりゃ、理屈からしたらそうやけど……」

ホールからの歓声がいつしか爆笑に変わっている。リーノがトークに移行したのだ。

「どんなネタやってんねやろ?」

笑いのことになるとDNAに刻まれた血の騒ぎを抑えられないメンバーたちに美留も苦笑いだ。ヤンチュがスマートフォンに動画を映す。コンサートは全国に配信されている。今まさにホールを駆け巡る莉乃の姿が映し出された。その指が画面をまっすぐに差す。

「うわっ、こっち見た!」

「なんかマジで見られてるみたいや」

「見えてるねん」

「ええっ、いくらなんでもそんな……」

「うちらがどう思ってるか、何を喋ってるか全部わかってはるねん」

「この人がスキャンダルやらかさんかったら……?」

「そりゃぁ、今頃『指浜グループ』やわ。総エース、総監督、全部この人がやってるわ。ところがスキャンダルのせいで単なるエース扱い。人気知名度もトップやのにセンター曲貰われへん。スキャンダルメンはクビを免れてもセンター構想からは外されるからな。総選挙で勝ってセンター獲るしかあらへん。だから1年通じて選挙活動やっとる。あの人も必死や。先輩も後輩もあらへん。スキあらばぶっ込んできよる。よしんばスベったところで天下を枕に野垂れ死にや。失うもんがない人は強いで。……ま、せやけど今日のところは頼もしい援軍なのは確かなことや。それは感謝せなあかんわな。これで相当時間を繋いでくれる。ましかしそれでも最大延長40分ゆうとこやろな」

画面には一瞬のスキもない笑顔で躍動を続けている莉乃。魔性を秘めた強い視線でまたしても強く指差した。

「ほらさっそく来た。こんな大観衆の前でバラしよった!!」

美留は画面に向けてシュートサインを撃ち返した。画面の中の莉乃が言う。

『いやー、なにわっ子には元気のいいメンバーが多いですからね!私にも平気でシュートサイン向けてきますから!』

莉乃はネット上で囁かれているに過ぎない、しかしある程度ディープなファンなら誰もが知っている隠語をあからさまに暴露した。会場が喝采と大爆笑に揺れた。美留はその端正な顔をこわばらせた。ヤンチュは慌てて画面を消した。

その時だ。背後に何者かが走る足音が聞こえる。これは全員が間違いなく聞いた。

「スタッフさんですかあー!」

「みなさんモニタールームで会議してはりますよー!」

「早く戻らないと監督にシバかれますよー!!」

「返事はない。ただのお化けのようです。以上現場からショージがお伝えしました。ドゥーン!」

「やめんかいっw」

美留がヤンチュにツッコミを入れた。大阪のアイドルは如何なる時もボケとツッコミを忘れない。否、反射的に身体が動いてしまうのである。

「行こ行こ。時間ないねん。なんか風が吹き込んでるねん」

「うわっ!」

「どないした!?ああっ!!」

背後の通路が音もなく降りてきたシャッターによって遮断されている。

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