31,アイウォンチュー!
「繋げるメンバーは?」
『繋ぐ』とはMCで間を保たせることである。スタッフ会議が行われる間、コンサートの進行はストップする。その間を「繋ぐ」メンバーが必要だ。しかしMC(master of ceremony)=トークによるオーガナイズ、を得意とする『MCメン』はみんな演出用ゴンドラで待機中だ。
「真央は?桃香は!?サラは!?」
「みんな上空にいます!」
マネージャーが苦渋の表情で応える。
「うーむ」
腕組みをした監督の額に汗が滲む。
「こんなとき莉乃がいればな」
国民的アイドルグループ最大のスターであるリーノこと指浜莉乃、その神がかった巧みなMC力はいかなる難局をも平然と乗り切ってしまう。しかしチームレジェンド所属の莉乃は今回の「なにわっ子」単独コンサートには参加していない。
「未経験の若手しか残っていません」
「若手に10分は……」
小咄からミニコントまで1人でこなす必要がある。しかも臨機応変に。ひとつ間違えばブーイング以上の破壊力をもつ「冷めていく空気」に精神を破壊されてしまう。スベリにスベリを重ねるドツボ状態に陥ってイップスに陥り再起不能になる場合もある。ベテランでも5分保たせるのが精一杯の局面だ。更に今回のような形で下がった会場のボルテージを再び沸騰させられるのは確かに指浜莉乃以外には不可能だろう。
「指浜莉乃に近いMC能力を持ったメンバーとは……!?」
「有望なメンバーを招集してはいますが……、しかしMC能力は未知数です」
監督とマネージャー、スタッフ達が腕を組み眉間にしわを寄せて唸った。
「あ、あの……。私が行きましょうか?」
「うーん。せやけど下手すると大事故になるからなあ。チャレンジ精神は認めるが、人選は慎重にいかんと。」
「で、でも、なんとか繋がなきゃ、いけないんですよ、ね?」
「それはそうだが……、指浜莉乃的な……、誰か……。ええっ!?」
モニタールームにメンバーは残っていないはずだ。監督は目の前にいる人物をまじまじと見つめた。
「どうも、指浜です。おはようございます」
所在なさげに立っていた猫背に地味なメガネ、謎のメーカーの上下スェットは一見すると見習い衣装スタッフにしか見えないが、しかしその流麗な猫目とその奥に潜む魔性の光、透き通る白く細やかな肌、そしてしなやかに鍛え込まれたボディライン、それは確かに国民的アイドルグループ最大のスター・リーノこと『炎上女王』指浜莉乃その人だ。
「莉……莉乃ッ!?まじか―ッ!?」
「まじですまじです!ほんの今来たばっかですよ。近くに寄ったんで見学させてもらおうと思って。
挨拶のタイミング測ってたんですがお取り込み中だったもんでこっそり見守ってました。全然気付いてくんないからどうしようかと思っちゃった。とりあえず10分ですよね?」
莉乃は監督、スタッフたちの聞きたいことを事前に察して全て答えてしまった。
「頼む莉乃!」
「がってん承知の助!!」
莉乃は走り出した。
「あーあー、司令室御中。こちら指浜。聞こえますか、スタンバイOKっす。どうぞ」
「おおっ。早い!さすがだ!!」
通常の3倍のスピードで衣装を身に着けた莉乃の声がルームに届く。
「よーし、サプライズSE!レッツゴーッ!!」
監督が指をパチンと鳴らした。
次曲「禁じられた運命」のイントロが始まったもののステージ上には誰も登場しない。やがてミュージックは消沈し、会場に明かりが灯されると開演前SEが流れ始めた。
「な、なんだ!?」
「機材の故障かよ!?」
それまでの心地よい興奮を突然に遮断されたファンたちは拍子抜けしたように辺りを見回したり、お互い顔を見合わせ合っていたが、次第に苛立ちを見せ始めた。
「なにやってんだよーっ!」
「なんか事故?」
「え、まさか終わり!?」
「オイオイしっかりしろよ、これで終わりですかあ、なにやってんだなにわっ子!つまんねーぞ国民的グループ!!みなさーん、目を覚ましてくださーい!!」
ざわめきが広がり、盛り上がっていた会場の空気が急速に冷たくしぼんでいった。次々に座ってしまい、切なそうに溜息を吐くファンたち。
「本日のスペシャルーゲストーっ!!」
絶叫調のアナウンスとともに再び会場が暗転し、サプライズSEに続いて大音量で鳴り響いたのは、なんと『莉乃のテーマ~炎のアイドル』だ!
ステージ上のセット、そのメタリックに装飾された階段の頂点に密かにスタンバイしていた莉乃が立ち上がる。ほんの今しがたモニタールームに佇んでいた地味女が完璧なメイク、そして光沢を放つコスチュームに身を包んだスーパーアイドルに大変身!ピン・スポットが照射され、四次元色のレーザー光線が縱橫に駆け巡る。地響きのような大歓声が沸き上がる。
両手をパッと広げて応える莉乃。輝きとともに手を振りながら悠然と階段を降りてくる。国民的アイドルグループ総選挙2年連続1位・知名度ナンバーワン『炎上女王』指浜莉乃がそこにいた。観衆は雄叫びに似た咆哮を発しながら再び総立ちになり「莉乃のテーマ」を共に大合唱する。
「ボンバイエ」とはアフリカはコンゴ国のリンガラ語「やっちまえ!」の意味である。リーノの2年連続総選挙1位を祝して「太ヲタ」であるリンガラ族長のカシアス・アリからリーノに送られた曲である。「神メン」と呼ばれる最上位メンバー達には世界中のファンから投票が集まるのだ。
「うわああっ!莉乃さんや―っ!!」
控室のモニターに映し出された光景になにわっ子メンバー達も大騒ぎだ。我先に駆け出して舞台袖に殺到する。
「国民的アイドルグループにはほんまもんの神さんがおるねん!!」
天井に設置されたスピーカーから監督の声が響く。
「よく見ておけよ。あれが『神』の入場シーンだ!」
莉乃はミニスカートから溢れる鍛え上げた脚線美を巧みに見せつけながら降りてくる。直線的ではなく、エスの字を描くように、シュプールの軌跡を辿って優雅に地上に向かう。アリーナ中段、後段、スタンド下段、中段、上段、そしてホール最深部の天空席に至るまで丹念に視線を送り手を振り、
タイミングに緩急をつけながら指差しを繰り出している。一見ただの基本アイドルテクニックである『指差しレス』に見える。しかし莉乃の場合、縱橫に交差するレーザー光線の角度や軌道、その点滅の兼ね合いまで全て瞬時に計算しつくし、照明そしてミュージックとのシンクロを見計らって繰り出される必殺のパフォーマンスなのである。
ファンたちは莉乃に指を差されながらハートも射抜かれている。誰も彼も我を忘れ頬を紅潮させ恍惚とした表情で吠えながら腕を突き上げている。
「可愛い!リーノ可愛い!!」「リーノ大好き!!」「日本一!!」
声援が聞こえるとリーノは瞬時に反応し指を差し、止めを刺す。
「天空席のみなさーん!しっかり見えてますよー!アイウォンチューッ!!」
莉乃がそういって指差すとホール最深部、その上段からも割れんばかりの大歓声が轟く。
やがて花道を渡り、舞台中央ステージにその身を置いた指浜莉乃は四方を女王の貫禄をもって見回しながら手を上げた後159センチのスレンダーなボディに会場に溢れる興奮の精霊たちをいっぱいに詰め込むかのように大きく、つま先立ちになりながらいっぱいの空気を吸い込んで、そしてそれを全身で吐き出しながら言った。
「元気ですかーっ!!元気があれば、なんでもできるーっ!!あなたのハートを指先一つでダウンさせちゃう。本日のスペシャルゲスト第一弾、指サッシーこと指浜莉乃で―す!!」




