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30,出撃!アイドル忍者戦隊!

「待て!行ったらあかん!悪者たちが会場内におるねん!!何人おるかもわからへん。」

モニタールームは総司令室とも呼ばれている。こっそりと抜け出そうする美留達を舞台監督が止めた。

「自分達でみゆを助け出そうとか、悪者をやっつけたるとか、そういうことを考えたらあかんぞ!」

美留達からの報告を聞いた「大人」達は険しい顔だ。

「あのみゆが拉致られたっちゅうことは……無理やりってことはないはずやねん。」

メンバーたちは顔を見合わせる。監督は続けた。

「ギャーギャー騒ぎよるし、腕もぐるぐる廻して暴れるやろ。最悪でもSOSサインみたいなものを残していくはずや。」

「あの声でギャーギャー騒がれたら厄介ですわな」

「そういう時用の秘密兵器的なモノを仕込んでるのがみゆですからね」

メンバーは頷きあった。

「小型ミサイルを胸元に密かに装備していそうなのが柊みゆやもんな」

「防犯グッズ店巡りしてるゆうてネタにしてましたもんね」

「ところがなかった。あのみゆがあっさり黙って拉致られる。騙されたっちゅうことやろ。で、あのみゆが騙されるということは……」

美留が言った。

「悪者たちはスタッフに化けとる、っちゅうこと……ですね」

監督は頷いた。メンバーたちも頷きあった。

「台車の跡ゆうとったな?」

「はい。最初は普通に続いてましたが……」

「演出が変わったとかゆうて台車に乗せよったんや。みゆが気付いたんやろ。」

「通路に深い傷がありました。急停車して、こう、斜めに転倒したっぽいような。」

「せやから飛び降りた所をガッ!と掴まれて……。ほんで倉庫棟のどっかに閉じ込められてる」

「一体何の目的やねん?身代金!?」

メンバーたちが口々に言い合った。

「うちらのギャラどんだけ安いか知っとんか!」

「儲けてるのは秋長先生だけやのに!」

監督が戒めた。

「あかん!それをゆうたらあかんで!!

秋長先生が儲けてるからこそ銀行やスポンサーもカネ出してくれるねん。秋長先生は逃げも隠れもできへんからな。とっ捕まえて最後は丸裸にしてまえばいい。担保っちゅうか、グループがやっていけるんは秋長先生が築いてきた30年の実績と信用あってのものや。悪いようにゆうたらあかんで。なにゆうても先立つもんがないと何もでけへんのが世の中や」

そう言って監督は人差し指と親指で輪っかを作ってみせた。メンバー達は納得したように深く頷いた。

「カネやないとしたらなんやろ?」

「悪者たちが複数やったら、みゆ今頃エロいめに遭わされてるんちゃうん!?」

メンバーたちは悲鳴をあげると口元を手で覆った。大人たちも険しい顔をますます険しくさせて唸る。

「悪者たちから何の要求もないうちは迂闊に動けんな。とりあえずスタッフ全員集合、緊急会議や!メンバーは各々の持ち場へ戻って待機や。それから……蝶!」

蝶恵理子は学業のために一度卒業したものの1年後に復帰、ブランクを挽回して今またセンター候補として浮上しつつある実力派メンバーだ。

「キンメイの振り入れ頼めるか?」

『キンメイ』とは次曲『禁じられた運命』の略である。『振り入れ』とはダンスを覚えることだ。

「10分あれば!」

「5分でやれんか?」

「わかりました。7分ください。」

「6分で頼む」

「了解!」

恵理子は既に駆け出していた。ライブ中には突然の代役依頼が振られることがある。インターバルの間にダンスを覚えるためには日頃から担当以外の全パートを満遍なく練習しておく必要がある。出演機会を多く得て「上」を目指すためには必須のスキルだ。

「それから……」

監督が美留を呼び止めた。

「安全が確認されるまでは楽屋に戻ったらあかんで。待機所でじっとしとり。繰り返しになるけどな、自分たちでみゆを助けるとか、悪者を捕まえたるとか、絶対にするなよ?絶対や。ええな?絶対やぞ?」

美留は監督の目をまっすぐに見ながら頷いた。

「はい、絶対にしません。絶対に。そんな危険なこと、考えたこともありません」

美留は一礼するとモニタールームを後にした。


「ええっ、みゆが!?」

ステージ横の待機所は小型のホールである。詰めていたメンバー達にも不安が広がった。

「えらいことになったようやな」

「下手したら中止やろな」

「っていうか中止しかないやろ」

出番を終えて戻ってくるグループキャプテンにして絶対センター山本サーヤのもとにスタッフが駆けつけた。サーヤは驚きの表情を浮かべたが何度か深呼吸して平静さを取り戻し、メンバーたちに語りかけた。

「ええかあ!これも国民的アイドルグループっちゅうもんや。誰や中止たらゆうとる奴は!?おお!?気ぃ抜けたことぬかしたらシバキ廻したるど!!うちらはなんとしても最後までやり抜く気持ちをしっかり持って待機や!ええな!オウ、ワレラどないした!じっとしとらんと身体動かさんかい!身体を冷やすなや!オラア――ッ!」

ハッとしたようにメンバーたちが各々身体を動かし、ステップを踏み始めた。


「おう、行くで」

「まじかいや?監督は行ったらあかんゆうて」

「アホ!それが『フリ』ゆうもんやないか。『頼むぞ』っていうことや。」

「ほんまかいな~」

「行くぞオラ!やばかったら逃げたったらええねん」

「それはそやけど……」

「エリコには悪いけど『禁じられた』はみゆと組まにゃ意味ないねん」

美留は精鋭部隊を組織した。アカリ達も加わろうとする。

「あんたらは来んでええ。あんまり大人数やったら忍者戦隊の意味がないやろ。それにアカリまで行ったらサーヤ姉に気づかれる。アカリはここにおったって。上手いこと言うたってや」

「わかった。せやけど気ぃつけてや。深追いしたらあかんで」

「わかっとるわ。ほな、アイドル忍者戦隊、出陣じゃぁ!」(小声)

「オウ!」(小声)

美留達はこっそりと待機所を抜け出した。残された若手陣は壁を作って美留達が抜け出す姿を隠した。

「ふぅ~」

「ねぇアカリさん。」

彩乃がいたいけでキラキラと輝く13歳の瞳で灯里を見上げている。

「うん?」

「ミルルーさんは、みゆさんと、その、『禁じられた』やるの、なんていうか、あまり嬉しそうにしてなかったような……感じでしたよね?」

「そうやね。嫌がってたよね。表向きは。」

「いつもはあんなにバチバチなのに。でもみゆさんがいなくなると、ミルルーさんがこんなに一生懸命……」

「そうやね。それが……」

「プロなんですか?」

「それもあるけど、それだけやないねん。」

「ライバルだから?」

「うーん。それだけでもないねんけどな。なんていうかな。あいつがおるからバッチバチにやりあえるというのもあるよね。1人ではバッチバチでけへんから。相手あってのバッチバチやからな。でもあの二人はそれだけでもないねん。」

「実は愛し合ってるとか?」

「それは……、どやろな。」

「漫画とかで好きなもの同士がケンカするみたいなものなんですか?」

「バッチバチやれるのも手が合う相手あってこそ、スゥィングしてるからこそ、やからね」

「スイング……。またしても裏の専門用語ですね」

「スイングやないで。スゥイングやで。」

「それもケッフェイ、いや、『アングル』なんですか?」

「ケッフェイとかアングルゆうのは基本的にファン向けのものやけど、『対世間』、『対メンバー』向けの要素もあるねん。」

「うわわ~~。そんなんわからへ~~ん!まるで手品や。奥が深すぎますわ~~」

アーヤはまたしても頭を抱えてしまった。

「だんだんわかるようになるねん。感性で作っていくねん」

「感性かあ」

「そう、フィーリング」

「『考えるな感じろ』ですね。」

「どっかで聞いた言葉やな。進行や演出はどんどん変わっていくねん。それにどうこう言うてるうちはアマチュアや。全肯定で乗り切るんや!」

「はいっ!」

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