28,こんな通路あったんだ
「こんな通路あったんだ?」
「機材運搬用の通路です」
「うわっ、ちょっとスピード出すぎじゃ?」
「しっかり掴まってて下さい」
スタッフは更に俊足を飛ばす。轟音を立てて台車が走る。
「ちょっ!?ちょっと危ないっす!これほんと怖いっす!」
振り返って見上げるみゆに男が言った。
「今飛び降りると怪我するぜ」
その凶悪な表情にみゆは息を呑んだ。
「あ、あなたスタッフじゃない!誰なの!?停めてよ!!」
銀狐は歪んだ笑みを浮かべただけだ。
そのままの勢いでカーブに突入し横滑りを始めた台車が自然に減速する時を逃さず飛び降りたみゆの身体が床を転がる。立ち上がり、走り出すみゆ。
「おおっとそうはいかねえ!」
銀狐が凄まじい俊足で追いかけてきた。
みゆの口を手で塞ぎ腕をつかんで捻り上げる。みゆは必死に藻掻いた。銀狐が耳元で凄んだ。
「おとなしくしろい!嫁に行けねえ身体になるぜ!」
みゆの身体からがっくりと力が抜けた。
「おらへんかったな」
「どこ行ってん?空でも飛んどんかい」
「ここから楽屋ってせやけど一本道やろ?」
「おーい。って机の下にはおらんようや」
「ほんならドロップ缶の中か。おーいみゆー!しかし返事はなかった」
「ちゃんと戻ってくるって」
「そろそろ時間やし。ボケてる暇もあれへん」
スタッフが呼びに来た。
「スタンバイお願いしまーす!」
「はーい」
アイドル達は一斉に席を立つと楽屋前通路を抜けてステージ裏へと向かう。
「ちょっと待って、イヤモニが……。頭に響きよる」
イヤモニ……イヤーモニターとは耳に装着する耳栓型の受信機である。
美留は少々高音をキャッチしすぎるイヤモニの感度を調整した。
それからまた振り返った。桃花が宥めるように言った。
「大丈夫やって。ちゃんとおるって」
「うん……。でもちょっとだけ、もっぺん見てくるわ」
「ちょっ、美留!」
ひんやりとした空気がどこからか流れ込んでくる。
出番前の緊張と不安で火照った体を冷ますにはちょうどいい。
美留は壁にもたれかかった。
「やっぱ、おらへんかったな」
「今頃ちゃっかりスタンバイしてるって」
「そうそう。『遅いっすよセンビャ~イ』ってシレッとしとるよ」
「っていうか、うちらほんま出番やし。監督に怒られるし。先行っとくで!」
「早よ行こうって!」
「もう知らんわ!」
メンバー達は美留を置いて駆け出した。
「うーん」
美留は壁を押した。冷たい空気は更に流れ込んでくる。
(なんやろか、これ?)
壁を強く押した。
「うわっ!なんやなんや!?」
壁がカラクリ扉のように回転し、空気が一気に吹き込んだ。通路が開けた。
「ちょー!みんなー!」
メンバー達は既に行ってしまった。
美留は迷ったが新たに開いた通路へと駆け出した。




