27,アイドルの死角
「いよいよ次の曲終わったら『本番』だよ!」
「次の次だな。しっかりやれ。俺がついてるから大丈夫だ」
「今どこにいるの?」
クルマが行き交う音が聞こえる。
「ああ、ちょっくら野望用でな」
「配信見てないんだ?」
「お得意様廻りしてたからな」
「日曜なのに?」
「社会人にはこんなこともある。だけど俺はいつもお前の側にいるよ」
カイトの仕事って何だろう?
医療関係とは聞いているが一体どういう内容なのか聞いたことがなかった。
「大丈夫だ。録画はしてあるし。お前の『本番』には絶対間にあう」
みゆの頬に笑みが浮かぶ。
「わかった。見ててね。私頑張るから」
『本番』とは勿論、今回のライブコンサート最大の見せ場、柊みゆVS松下ジュリアのMC対決である。
「えっと……『こいつね!こいつ、このジュリジュリベイビーはね!』」
カイトとのひとときの通話を終えた後、みゆは再びセリフを何度も繰り返した。
失敗は許されない。楽屋に戻った。誰もいない。
「あれ?みんなは?」
置いてあるはずのみんなの荷物もない。部屋を間違えた?同じような控室はたくさんある。
しかし通路は一本道だから迷うはずもない。通路に戻ってみる。
「あれ?」
シャッターが閉じている。
(変だな。さっきはここをまっすぐ行けたはずなんだけど。気のせいかな?)
開いている別の通路へと向かう。初めて利用する会場だから感覚がよくわからない。
「なんで?一本道でなんで迷うの!?」
みゆは走った。楽屋は?みんなは!?
「柊メンバー!」
「はいっ!?」
振り返ると男が立っている。スタッフ証を首から下げている。『柊メンバー』などと呼ばれたのは初めてのことだ。「ヒイラギ」とか「みゆちゃん」が一般的である。みゆはそのスタッフに見覚えがなかった。しかしとにかく上流の真面目系スタッフのように思えた。
「早く戻って下さい!」
「みんなはどこ行ったんです?」
「演出の変更があったんです。もうみんなステージ袖にスタンバイしてます」
「ええっ!?聞いてないです。私はどうすれば……」
スタッフは手に持った冊子を確認する。
「えっと……。柊メンバーはDゲートからの登場になります」
「Dゲート、ですって!?」
場所を知らない。
「スタッフが待機していますから!」
彼はそう言うと走り出す。みゆも後から続いた。しばらく行くと台車が用意してある。
「乗って下さい」
「はい!」
移動に距離を要する場合、メンバーを機材運搬用の台車に乗せて運ぶことはコンサートの裏側ではよくあることである。みゆも何度か経験していたので疑うことなく台車に座った。背後に廻ったスタッフは台車のバーを持つと猛然と押し出した。
「うわっ!凄いスピード!!」
「急ぎます。しっかり掴まってて」
「は、はい!」
楽屋では出番を終えたアイドルたちが汗を拭い、つかの間の休息中。次の出番に備えてダンスを確認する者、衣装を替える者、目を閉じて瞑想する者など様々だ。メイクを直した後でドリンク片手に談笑する面々もいる。
「柊みゆは?」
「その辺おったで」
「さっき廊下ですれ違ったで。トイレでも行っとんちゃう?」
「次の曲でみゆと絡みあるから詰めときたいねんけどな~。アーヤらにもアングルの作り方見せときたいし」
「ケーフェイ……ですか?」
「うーん。っちゅうか。『ケーフェイ』ゆうのは『アングル』作る姿を部外者に見せたらあかんっちゅうことや」
「台本通りじゃ、ダメなんですか?」
「いや、アーヤらへんにはまだ台本すらないやろ」
「うーん。またわからへんようなってきた」
期待の若手エース候補アーヤこと山根彩乃13歳は頭を抱えてしまった。
「うちらが合わせるのは裏の台本やねん」
「裏の台本?」
「見とったら自然にわかるわ。せやけどこれを周りの同期に言うたらあかんで。他はまだ研究生やからな。刺激強すぎるし、モノになるかまだわからんからな」
「は、はい。」
アーヤは緊張した面持ちでつばを飲み込んだ。
「それや!その心構えが『ケーフェイ』や」
「はい!」
「せやけど美留。みゆはそのうち仕掛けてくんちゃう?」
「ああん?そんときは……、潰すだけや。ぐっちゃぐちゃにな」
「でも打ち合わせ壊して仕掛けてくるゆうのはマナー違反ちゃうん?」
「なにゆうてんね!板の上では何されても文句言われへんのや。やられたもん負けや。うちらプロでやっとんねん!」
「プロなぁ~。うちアングル忘れるからなあ」
「それがあかんねん。練習が足らんねん。何事も結局はかったるい反復練習や。数こなしとかなアドリブもでてけえへんねん。アドリブゆうのは実は暗記力なんやで」
先輩たちの周りでアーヤが神妙な顔で聞いている。
「せやけどヤツはほんまどこ行っとんねん?」
「そろそろ帰ってくるやろ」
「それにしても長ない?」
「大ちゃうん?」
「大ならしゃあないわ。アイドルでも出るもんは出るねん」
「おう。人間やし、しゃあないわ」
「せやけど、調子悪いゆうてたなよな」
「倒れとんちゃうやろな?」
「あいつ意固地やし極限まで我慢しよるからな~」
「東京モンにしてはええ根性しとるわ。な?ミルルー?」
「チッ、しゃあないやっちゃ!」
衣装を替え終わった美留が楽屋を出ると数人が後に続いた。




