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26、プロの仕業

「やられた!!」


国民的アイドルグループは文字通りグループであり、各地を拠点とする姉妹グループが次々に新しく誕生するところに特徴がある。


「おのえり」こと小野えりなはそんな若手中心の新しい姉妹グループ、『チームすえひろがり』のメンバーである。


「またかよ……」

ファンの間で動揺が広がった。「ディーちゃんねる」ファン掲示板にはスレッドが立った。


『【悲報!】チームすえひろがりでまたしても盗難!!』


「おのえりがやられたって」

「SNSに書いてるよ」


えりながアップした最新のSNS投稿には強い怒りと哀しみが記されていた。

「信じられない。大ショック!握手会が終わって荷物を見たらメイク道具を入れてあるポーチ……。お母さんが誕生日に買ってくれた口紅、レア物のファンデ、無理して買った口紅がなくなってた!一体誰が?どうして?大事なものだけが、確実にあるべきところにあるはずの場所から神隠しみたいになくなってたの!」


「チームすえひろがり」ではここしばらく盗難騒ぎが頻発しているのだ。


「まーた『るいるい』かよ」

「いや、でもこれはもうシャレでは済まないぞ」

「おのえりもるいるいが真っ先に疑われるとわかって書いてるんだよ」

「じゃぁやっぱりるいるいなの?」

「でもるいるいはセンター候補だぞ?」

「マーユの後継者とも言われてるのに、これじゃ解雇されてしまう」


るいるいとはチームすえひろがりのエース・小倉ルイのことだ。正統派のキュートなルックスと華のあるダンス、国民的アイドルグループの精神的支柱ともいえる渡來マーユの後継者として売り出されている期待の若手である。


「なんでるいるいが疑われてるんだ?マーユの後継者を悪くいうと許さないぞ!」

古参ファンの中には若手チーム事情に疎い者もいる。

「だーかーらー、るいるいのキャッチフレーズは『みーんなのハートを、盗んじゃうー!』だろ?」

「ああ、それはマーユの『みーんなのハートを、いただきマーユ!』を承継したものだろ。

それくらいるいるいはマーユを尊敬している。埼玉の後輩でもあるし」


『チームすえひろがり』は他チームのような地域ブロック制ではなく、全国から各都道府県代表という形で48名をオーディション選抜している。


「それはいいんだよ。でもなるいるいには悪い癖があるんだよ」

「なんだよ?」

「盗癖だよ」

「それってネタだろ!?」

「ネタじゃ済まなくなってきたんだよ」


「すえひろがり」のメンバーたちが小倉ルイの盗癖を語っていたのは事実である。

しかしそれはあくまでも番組上の台本であり作られた『キャラ』のはずであった。

「るいるいはねー、ひどいんだよー、私がさー、レッスン終わって宿舎に戻ってきたらさ。冷やしてたバナナがなくなってんの!置き手紙があって、『バナナ食べちゃいました。るいるい』って!」

「なにそれー(笑)!」

「私もやられたー!私が買ったばかりのリップが勝手に開けてあって、誰だー!?って探してたらしっかりるいるいの唇がその色なの!」

「るいるいはなんて言ってたの?」

「なんて言ったと思う!?マーサさんが怒ってて怖いですー!ってニコニコしてんの!!」

(爆笑)


ネット上の騒ぎが大きくなる。しかしるいるいこと小倉ルイは沈黙している。SNSにも何らの反論も書こうとしない。それがファンたちの疑惑を加速させていた。


国民的アイドルグループ「チームなにわっこ」のライブ会場周辺では、チケットをとれなかったファンたちが会場から漏れてくる音や歓声を聴くために、せめてもの雰囲気を味わうために集まっていた。


メンバー達のマイクや音響システムのワイヤレス周波数を特殊な装置で拾うことでよりリアルな臨場感を得ようとする者もいた。しかしサウンドボード調整を通していない音は歪み、雑音がひどく混ざっている。それでも美少女たちの歌声は独特の愛らしいトーンを保持している。


それでも漏れ聞こえる音や歓声を拾いながら、また想像力で補いながら、会場外のファンたちもグループで、またひとり静かに各々楽しんでいた。会場外には軽食の販売ブースも設置され、ちょっとしたお祭り空間である。ただ何をするでもなく行き来する通りすがりの一般人も入り交じる。


「しっかしよおー、握手会の合間だろ?メンバー達も立ち寄るみんなの控室のさ、荷物置き場に侵入して、おのえりのメイクポーチだけを的確に見つけ出し、貴重品だけをパクっていくって、しかも短時間の間に手際よくって、これはもう内部者の犯行しかありえないだろ?」

「るいるいの仕業っていうのかよ?」

「そうはいってないけどさ、おのえりも腹に据えかねて誰もが読めるSNSに告発したんじゃないのか?」

「うーん。るいるいが疑われても仕方ない状況ではあるよな」

「るいるいじゃなくて、内部者でもないとしたら、それも怖いよな。女性アイドルのイベントの、その控室に何者かが侵入していろんなものを盗っていくなんて。」

「盗撮や盗聴器も仕掛けられてるかもな」

「めんたいっこでもあったらしいぜ」

「まじかよ?」

『めんたいっこ』は九州博多に拠点を置く国民的アイドルグループの姉妹グループ、(ファンたちからは支店と呼ばれる)のひとつである。

「ほらほら、サイズーにも載ってる」

サイズーとはアイドルやサブカルに詳しいネットメディアである。それによると『めんたいっこ』でもここ数年来、メンバーの私物がなくなったり、スマートフォンの画面が破壊される他、衣装が隠されるなどの不気味な事件が起こっているという。

「さすがにるいるいはそこまで出張できないだろ?」

「まぁな。でも怖いよな。足の引っ張り合い?普段はみんな笑顔なのに……」

「それってさ、外部のプロの仕業じゃね?」

「メンバー間の信頼関係にヒビを入れるためってか」


ああでもない、こうでもないと話し合うファンたちの間を二人の男が通り抜ける。

指定場所に立っていた男と目が合う。

「あんたがシナプスさん?」

シナプスと言われた男は頷いた。シナプスはネット上のハンドルネームである。男たちの雇い主である。合流した彼らは人気のない場所に移動する。

「前金は受け取ってくれたね」

「ああ、依頼の件は了解した。俺たちに任せてくれ」

「内容は事前にメールしたとおりだ。」

火竜と銀狐のふたりは頷いた。これももちろんハンドルネームである。

「それでその……」

「ああ、これだ」

シナプスが差し出したのはホール内部の詳細な地図だ。客席以外の、関係者のみが、更に言えば設計者と建設関係者のみが立ち入ることができる場所が詳細に記載されている。

「ここが例の場所だ」

シナプスは指差した。人を閉じ込めるにはおあつらえ向きの空間がある。

「そこにその、『柊みゆ』を『誘導』して、ライブ終了まで閉じ込めておくってことだな」

「いや、ライブ終了間際に解放してほしい」

「なぜ?……いや、それは聞かないのが約束だったな」

銀狐がいやらしい笑みを口元に浮かべながら言った。

「その、解放するまでの間は、このみゆちゃんを……」

そういって手元の『柊みゆ』生写真をみせる。

火竜もニヤリと口元に笑みを浮かべる。

「こいつは報酬よりもそっちのほうが好きなんだ」

シナプスはフッと笑ってみせたがすぐにもとの真顔に戻る。

「こちらの依頼は終了間際まで 『柊みゆ』をホールに戻さないことだ。それ以外はキミたちが自由に楽しんだらいい」

「だってよ」

火竜が言うと銀狐はみゆの水着写真を取り出して言った。

「シャチョ―だって好きなくせにぃ~。これがもうすぐ俺達のモノになるんだぜ」

そういって画像のあらゆる部分を鼻息荒く何度も指先を押し付けながらこねくり廻し、既に何度もしているように舌を出して舐め回した。

「あのよ、動画や画像の権利は……」

「だからそれはボクの知ったことじゃない。依頼内容以外は全てキミたちの自由だ」

「あんた、タダのヲタクじゃないな」

「詮索は無用だ。お互いにな」

シナプスは用意していた警備員の制服、そしてスタッフ証をリュックの中から出すと二人に渡し、自分も着替えた。3人は資材搬出口の脇にある関係者入り口に向かう。

「大丈夫なんだろうな?」

火竜がシナプスに念を押すように聞く。

「意外と心配症なんだな」

「俺たちプロにとって臆病こそが最も重要な才能だからな」

銀狐の顔からも既に先程までの軽薄な笑みは消えている。

「俺達は逃げ足も早い」

シナプスは言った。「色んなプロがいるもんだな」

偽造した通行証とスタッフ証を入り口にいる警備スタッフに手渡す。

スタッフは手に持ったバーコードセンサーを偽の通行証にかざした。

まずシナプス、そして火竜、銀狐。センサーはピッ!ピッ!と小気味よい音を立てる。

スタッフはリーダー画面に浮かび上がる「正規認証」の文字を確認してから言った。

「どうぞ」

しばらく行くとゲートがある。スタッフが立っている。

「ご苦労様です。スタッフ証をお願いします」

シナプスがゲートのセンサースロットにスタッフ証を挿入する。

警報がなる。ピーッ!ピーッ!それを聞いた銀狐が踵を返し、走り出す態勢に入ろうとする。

火竜がその肩をぐっと掴む。スタッフ証がスロットから吐き出された。

「どうしました?」

スタッフが声をかける。

「あれ、ああ、こっちが表だ」

シナプスはスタッフ証を裏返すと改めてスロットに差し込んだ。ゲートが開かれた。火竜と銀狐は表と裏を間違えることはなかった。

「無事に通過したな」

「俺は逃げる態勢に入ってたぜ。スタッフ全部突き飛ばすところだった」

「そのスキに侵入する方法もあるな」

通路をゆくほどにホールからのサウンドと歓声がさらに大きくなる。通路の壁に反響して歪みながら聞こえる。シナプスは言った。

「この通路がここだ。あっちが出演者の控室だ。全てこの図面の通り。」

火竜は図面を受け取った。

「あんたのことは完全に信用したよ」

「ボクは向うの通路から外に出る。後は任せた。成功報酬は依頼完了後に例の口座に一括で振り込む。キミたちに遭うことは二度とない。」

「了解」

シナプスはドアを開けると去っていった。火竜と銀狐は顔を見合わせた。

「シナプスとか言う野郎。内部者だな」

「元内部者か?」

「そんなことはいいや。さっそく始めるぞ」

「グヒヒヒ。みゆちゃん待っててね」

銀狐はみゆの水着写真を改めて丹念に舐め回した。

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