24。わかれうた
ジュリアとマコは通路を並んで歩いていた。
ホールからの歌声と大歓声が重複して響き渡っていた。
「やりますね」
「ああ、狂ってるよ」
「うかうかしてられないな」
「『本店』狙ってるのは『なにわっ子』だけじゃないからね」
ジュリアはそう言って微笑を浮かべながらも鋭い目をマコに向ける。
マコも不敵な笑顔で応える。
「4分20秒から私はジュリア先輩にタメ語を使います」
柊みゆはそこからのプランを説明してみせた。
「いいですか。『そこでですよ、ジュリジュリベイビー。ベイビーは漫画なんだよ。それも正統派王道少年漫画、少年キックで言えば『トルネード嵐』なんだよ。……これは人気の作品名です。『私の愛読する前衛麻雀にはまず出てこないキャラだ!』」
ジュリアは黙って何度も頷いている。あまり漫画には詳しくない。
「『灼熱の太陽でありいつもまっすぐ、あんなにたくさんアンチがいるのに全く反論しないし、ただまっすぐ己のパワーで突っ込んでいく』……お客の反応に関わりなくここまで突っ切ります。それから……」
運営承認の公式台本を無視してメンバーが独自の『アドリブ』を挿入した場合、これは『査定』の対象となり、つまり反逆と見なされ『干される』危険がある。しかしここにも『暗黙のルール』が存在した。総合プロデューサー秋長康人もまた一箇の『傾奇者』である。自らの行動を予想されることを嫌い、激しさを求める性情を持つ。そんな秋長が愛するのは『干される覚悟を引き受けられる者』である。
「しかしあそこまで手の内すべてを見せるというのは……」
「マコちゃんは本当にそう思ってる?」
「え?どういうことでしょう!?」
おどけてみせたマコを見てジュリアも微笑んだ。
マコも気付いていたのである。そうでなければ「センター候補本命」に上り詰めることはできない。みゆは袋とじに仕込んだ『裏台本』を説明し尽くした後、そのページを閉じるときに敢えて二人に見せたのである。それは一瞬の動作であった。さっと翻してすぐに閉じるその一瞬。裏台本が仕込まれていた細工の奥に更に織り込んである『第三の台本』の存在を二人に理解させた。
「プロですからね。あの子も」
「ああ、それも、相当に手強い」
それがみゆからの敬意であり礼儀、そして『シュートサイン』であることも二人は理解した。
「誰かが必ず死ぬことになる」
「商売敵ですからね」
「うちらさ、アイドル同士じゃなかったら、いい友達になれてたかな?」
「出会えてなかったでしょうね」
通路にはホールからの歌声が響く。演歌テイストのパワーバラード『わかれうた』である。
ジュリアは一緒に少し口ずさんだ。
「どんな恋にも終りがある。カードを伏せてテーブルを立とう。『サヨナラ』の代わりに『おやすみ』を。誰のせいでもない。愛と憎しみはいつだってアンフェアだから」
マコは会釈すると角を曲がって自分の楽屋に消えてゆく。
アイドルとしてステージに立てる時間は短い。全てのアイドルソングは青春との別れ歌なのだ。
「おやすみベイビー。It ain't love song……」




