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19。台本の向こう側

「な、なんだと!?ジュリアを潰す、だとお!?」

灘井は端正な顔を震わせてみゆを睨みつける。

みゆも負けじと睨みつけ、シュートサインを灘井の鼻先に突きつける。

「アイドルの世界はね、生き残ったほうが真実であり正義なんですよ!!」

「き、貴様……ッ!」

灘井は顔を真赤にするとみゆのシュートサインを握りつぶそうと手を伸ばした。

さっと身を翻すみゆ。灘井は迫る。

「つべこべ言わずに台本をよこせ!そこに隠してるんだろ」

灘井はみゆの胸元を指差す。

「仕方ないですね」

みゆは肩をすくめてみせると衣装の下から冊子を取り出した。

「どうぞ」

「へっ、なんだ、結局あるんじゃないか……、なんだこりゃ?」

ただのタイムテーブル表だった。

「バカにするなっ!!」

灘井は丸めると床に叩きつけた。

「なにするんですか!大事な資材を!支配人にいいつけてやる」

「うるせえ!そういやお前さっき、『脱がせてみろ』だの言ったな。いいだろう。そこ(胸元)に隠していないのなら……」

灘井は燃えるような目でみゆのスカートを見る。

「そこか――っ!」

飛びかかる灘井。みゆはダンスで鍛えたキックで蹴り上げる。

「うおおっ!」

灘井は間一髪かわすが膝をつく。身構えるみゆとマコ。

「ここから先は殺し合いっすよ!」

「望むところだ。お前達みたいなモブキャラにジュリアをやらせはしない!!」

灘井、迎え撃つみゆ+マコがジリジリと間合いを詰めあっていると駆け込んでくる足音がする。

「なにやってんの!ヒロシくん!!」

ジュリアに呼ばれて灘井は振り返る。

「あ、ジュリア!お前からもなんとか言ってくれ。MCやカラミには台本があるんだろ!?」

状況を理解したジュリアは悠然と応える。

「この前も言ったじゃん。ないよそんなの」

「だけどこいつら!!」

そう言ってみゆとマコを指差す。

「こいつら……?」

ジュリアの流麗な切れ長の目が灘井の目を鋭く見据える。

「いや、その、オレは、ジュリアのためを思って……」

「黙りなさい。私の大事な身内を傷つけたら、いくらヒロシくんでも承知しないよ!!」

灘井はうなだれた。しかしすぐにジュリアの後ろに門倉が追いついてきたことを発見した。

「門倉さん!こいつらがジュリアを潰そうとしているんです!この若手のチンピラどもが台本にないセメントを仕掛けてジュリアのイメージを傷つけようとしてるんです!」

ジュリアがみゆとマコに謝る。

「ごめんね。悪い人じゃないんだけどね」

「わかってます。ジュリア先輩を思うがゆえの乱心であることは。しかし……」

灘井は懸命に門倉に訴えている。腕組みをしながら聞いていた門倉がみゆのほうを向く。

「中京ビッグトレイルの門倉です」

そういって一礼するのでみゆとマコも姿勢を正して一礼する。

名古屋の有力企業である中京ビッグトレイルはジュリアのスポンサー企業であるだけではなく、国民的アイドルグループ、サカエ・チャーミーズとも深い関わりがある。

「台本は本当に存在しないのだね?私も、灘井も、決して口外したりしない」

みゆはまっすぐにその目を見ていった。

「ありません!私達の闘いは全て命がけのリアルファイトです!」

「僕は秋長さんとも直接話ができる。それはわかっているね?」

「秋長先生に誓って嘘偽りは申しません」

みゆは一瞬たりとも視線を動かさない。門倉は灘井に言った。

「灘井君、そういうことだ。もういいだろ」

「ちょっと門倉さん、こいつは悪目立ちするためならなんだって言うようなヤツなんです。こんな小娘の言うことなんて!」

「君だって僕の息子くらいだぞ?これ以上ジュリアに恥をかかせるな」

「そんな、恥だなんて、オレはジュリアの為を思って……」

「今井さんへの挨拶もまだだろ?今井監督が怒ると怖いぞ。下手すると出入り禁止にされるぞ」

「わかってますよ」

ほら行くぞ、と促されて行こうとする灘井はジュリアのほうを振り返る。

「ジュリア、オレが絶対守ってやるからな」

「もういいって、早く行きなよ!ほんと恥ずかしい」

ジュリアから小さく「蹴り真似」をされて去っていく灘井はしばらくするとまた振り返り、みゆに『シュートサイン』を向けた。みゆも『シュートサイン』を向け返した。

「いやはや、まったくお恥ずかしい」

ジュリアは給湯室の扉を締めながら言った。

みゆは胸元の奥から、マコは背中から台本を取り出した。

「ふう……。ケッフェイですからね」

「ケーフェイなの、ケッフェイなの?」

「どっちでもいいみたいです。門倉さんは信じてくれましたかね」

「部長さんはオトナだからね。ヒロシももうちょっとオトナになってくれれば……」

「ヒロシさん、というか灘井さん。むかついたけど、それにしてもイケメンでしたねえ~。背も高いし、肌もとってもキレイで。指も長くて」

マコがうっとりと思い出しながら『シュートサイン』を作ってみせる。

「見てますねマコ先輩~。ジュリア先輩と灘井さんって……?」

みゆはジュリアと灘井の距離感に芸能人とそのスタッフ以上の雰囲気を感じたのだ。

「幼稚園の頃はよく遊んでもらった」

「幼馴染ってやつですか!」

ジュリアは小さく頷いた。

「ジュリアさんの身内なら、私の身内でもありますね」

ジュリアは微笑んだ。

「続きをしようか」

そう言って胸元から台本を取り出した。


「さあて、どう盛り上げていくかね」

「ここはですね……」

「これさ一応サプライズのはずだよね」

マコがいうとみゆとジュリアも苦笑いだ。


数ヶ月前に「なにわっ子」単独ライブの開催が告知された時から既にファンの間ではジュリアとマコの特別参戦は噂されていた。微妙なスケジュールのズレを解析したファンによって瞬時に見抜かれたのだ。程なくして「ディーちゃんねる」を中心としてファンの公然の秘密となっていた。


このために前日から公式サイトでは既に「まさかのサプライズ!?スペシャルゲスト登場!?」

などとシルエット付きで告知されていたのである。


柊みゆの画像が並べられ『激突!!』と太字で強調してある。


「ここは私がまこりん先輩にぶっ込みますから……」

ジュリアの入り時間が遅れたために、そしてリハーサルが長引いたために、入念な打ち合わせができそうにない。

「ここは流れによりますから直前に合わせましょう。進行遅れたら2分、いや、最悪40秒くらいしかないかもですが…」

「私、セメントでも自信あるよ」

両膝に肘をおいたジュリアはキュッと上目遣いでみゆを見る。

「勘弁してください。私が受けきれません」

みゆが慌てて手を振る。

「こうやって油断させといてガチなシュートを仕掛けてくるのがみゆですけどね」

マコが言うとみゆは大慌てでマコの肩を揺さぶる。

「やめてくださいよマコリン先輩っ!!」

ジュリアがニヤリと笑うと色っぽい口角がきゅっとあがる。

「受けて立つ用意はあるよ」

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