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18。シュートサイン

入ってきた門倉はジュリアに言った。

「ちょっと来てくれないか」

「なにかしら?」

「例の件だが……」

そういってみゆとマコの方を見やる。

「例の件、ね」

みゆとマコはアニメの話をしている。

「戻ってくるから」

ジュリアはみゆとマコにそう言うと『外仕事』関係者とともに給湯室を後にした。

それからウィンクを二人に飛ばす。

ドアが締まり、ジュリアの足音が遠ざかっていく。


『外仕事』とは「国民的アイドルグループ」関連ではない、一般企業からのオファーを受けての仕事のことである。アイドルファンではない『一般世間』向けのいわば『メジャー』な仕事である。


「いやあ、可愛いっすね」

「んだんだ」

「越えられない壁って感じですね」

「モノが違いすぎるよ」


みゆとマコはときめきながら頷きあった。

「にしても、例の件って、聞かれちゃまずい話ってなんでしょうね」

「次元が違うスターだからね。『外仕事』も多いし、身内にも解禁できない情報やスペシャル企画があるんだろうね」

「身内……か。私もジュリアさんの身内なんだ」

ふうっとみゆが息を吐く。

「元気になったね」

「あ、ほんとだ」

みゆの身体は不思議と軽い。

「本番直前にあんなに汗かいてボロボロになっていいのかと思ったけど……」

「だんだんそうやって乗り切れるようになっていくんだよ」

「人体って不思議だ」

みゆは自分の両手を眺めていた。積み上げてきた日々が満ちてくる気がした。

ドアがノックされると同時に開かれた。またしても男が入ってきた。

「きゃっ!」

先程の中年男とは打って変わってスラリと背の高い、端正な顔立ちの若い男だ。

「お前達!柊みゆと小比類巻真子だな!?」」

みゆもマコも見たことがない男だ。

スタッフなら首からぶらさげているはずの認識カードがない。

みゆとマコが身構える。男は言った。

「お前ら台本壊すつもりじゃないだろうな?特にお前!柊みゆ!最近『次世代炎上プリンセス』とか言われて調子乗ってるらしいな。ブック破りは許さないぞ!」

みゆとマコは顔を見合わせる。みゆが言った。

「ハァ!?何いってんスか!?台本!?ブック!?そんなもんないっすよ!」

マコも言う。

「どこの誰だか知りませんがねえ!うちら『国民的アイドルグループ』は全部『ガチ』っすから!」

「そこらの地下アイドルと一緒にしてほしくないですねえ!」

「台本があることは知ってるんだ。ボクはアイドルの裏事情には少々詳しいつもりだ。そこの椅子を見せてみろ」

男は椅子やその下を見ていたが台本らしきものは見当たらない。

「どこに隠した?」

みゆとマコは顔を見合わせる。

(逃げる?)

(だけどジュリアさん戻ってくるし……)

「何をヒソヒソ言ってる?お前達の掛け合いには全て台本がある。こんなところに篭ってこそこそやってるのも打ち合わせをしてたからだ。さあ、見せてみろ。台本があるはずだ!」

「ちょっとその前に……」

「そうそう、あなた何者なんですか?警備員さん呼びますよ?」

「おお、自己紹介がまだだったな」

男はそう言うとほのかに茶色に染めた長髪をサラリとかきあげながら言った。

「ボクは灘井ヒロシ26歳。A&Rプランニングのジュリア専任ディレクターだ」

「年齢までは聞いていませんが、A&Rプランニング……、つまりあなたはジュリアさんの

専属スタイリストさん、達の元締め、ということですか」

「そのとおりだ。ジュリアのファッションは我が社が全てプロデュースする契約になっている」

ジュリアには専属のスタイリストが常に帯同している。

それはグループとしての契約とは異なりジュリアの個人契約である。

プライベートの衣服を提供するスポンサー企業から派遣されているのである。

「ボク達はファッションの提供だけじゃない、ジュリアのパブリックイメージのプロデュースも任されているのだ」

マコが言った。

「要するに名古屋のその……、何かだよね、関係者」

「だから今言っただろ!」

マコは肩をすくめてみゆの腕にタッチ。後は任せたということである。

「で、おっしゃりたいことは、ジュリアさんにアドリブを仕掛けるな、ということでよろしいか?」

「そうだ。台本通りにやれ、ということだ。特にお前、柊みゆ。お前は危険なシュートを仕掛けて絡む相手のイメージを壊しまくってるらしいじゃないか!」

「シュートも何も、うちらそれが普通ですから。常にセメントでやりあってます。そこらの地下アイドルみたいな台本なんてありません。そりゃタイムテーブルくらいはありますよ?だけどイヤモニでセリフが送られてきたりしないし、舞台上ではナマのケンカしかやりません。骨と骨をぶつけあうカラミだけ。それでイメージが壊れてもお互い納得の上ですよ」

「嘘をつけ!!台本があるはずだ!見せろ!お前達に勝手されてジュリアのイメージを壊されてたまるか!ジュリアのイメージは我が社が作ってきたものなんだ。我が社の作品なんだ!」

台本を把握し、みゆがジュリアに『仕掛けた』場合には運営にクレームを入れるつもりなのだ。

ジュリア以外のメンバーには全く興味がないようだ。

「今井さんに言ってお前のイヤモニに中止命令を飛ばしてもらう!」

灘井はみゆに詰め寄る。

「作品……、ですか?」

「そうだ、作品だ。ジュリアは我が社の商品であり作品だ!ジュリア以外のメンバーはゴミみたいなもんだ。お前ら引き立て役のバックダンサーに勝手なことされちゃ困るんだよ!!」

みゆは人差し指と親指を伸ばしてマコにサインを送った。ピストルのような形だ。

これは『シュートサイン』である。この男を始末することにしたのだ。

「なんだそれは?」

灘井が怪訝な顔をする。

「指の体操っすよ」

そう言うとみゆは羽織っていた衣装を脱ぎ始めた。

「台本を隠せるとしたらここしかないでしょう?」

自分の胸元を指差してみせる。

「な、なにを!?」

マコもボタンを外し始める。

「脱がせてみますか?」

美少女二人に凄まれて灘井は顔を赤らめ、目を右往左往させる。

「ま、待て、落ち着け!」

今度はみゆが灘井に詰め寄る番だ。

「ジュリアだあ!?それがどうした!てっぺんへの道を遮る奴はよお!」

みゆはシュートサインを灘井の鼻先につきつけた。

「潰すだけだよ!!」

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