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17。人生50年、アイドル5年

「へー、ついてくるじゃん」

ターンを終えたジュリアが振り返る。

「いちおう、企画とは言え、セ、センター経験者ですから」

みゆの吐く息は荒い。対してジュリアは全く息が切れていない。

「でもヴァースの終わり頃、『僕たちは~』のところが遅い。もっとギュッと切れない?」

そう言ってジュリアはステップを踏み、膝を上げながら内側に蹴り入れるアクションを自ら示してみせた。

「はい」

みゆは試みるがジュリアの基準を満たさない。

「遅い!それに角度が違う。それお客様に見せるつもり!?もっかい行くよ!」

「はいっ!」

「あ、あの、ジュリアさん……」

マコが言った。

「実はその、みゆは、ちょっと……」

「何!?何か用事でもあるの!?」

みゆが慌てて割って入る。

「大丈夫です大丈夫です大丈夫です。元気いっぱいです!」

ジュリアがマコに言う。

「マコちゃんもまだ悪い癖時々出てるよ。曲が終わり切って照明が落ちるまで気を抜かないで」

「は、はい」

そしてまたみゆに言ってからポジションに戻る。

「眠いなら家帰って寝たらいいよ!」

マコがそっとみゆに耳打ちする

「(ごめんね)」

「(いいっすよ)」

ジュリアが前を向いたまま掛け声を出す。

「ほーらセイセイセイッ!喋りたかったらカフェ行きな!もっかい行くよ―ッ!!」

「は、はいっ!」

ジュリアがセンターに立って歌い、踊る。

2列目にいるみゆとマコが懸命に食らいつく。ジュリアはしっかり「見て」いるのだ。視線は客席を見たまま、激しく歌い踊りながら、後ろにいる全てのメンバーの動きを把握しているのである。

更には照明や音響に対しても逐一指示を入れていく。コワモテの舞台監督も黙って従うしかない。


挨拶もそこそこにリハに参加したジュリアの動きはダンスに自信のある「なにわっ子」メンバーたちを次々にノックダウンしていった。


ジュリアは数十回目のリテイクの後に振り返るとみゆに言った。

「それだよ、それ。本番までにその感覚忘れずに練習しておいて」

「は、はい。ありがとうございます」

言うなりみゆは気を失ってステージに仰向けに転倒した。駆け寄ってきたマコが支える。メンバーたちが頬を叩く。ジュリアは振り返ることもない。引き続きジュリアはサーヤとのダンスバトルのリハを重ねていた。


「ジュリアさんはどうしてアイドルに……、アイドルになろうと思ったんですか?」

「そうね」

ジュリアは少し息を呑み、そして言った。

「己を美しゅうするため。命をかけて」

そう言い切る神々しさにみゆもまた息を呑んだ。

「充分お美しいと思いますが……」

「私の求める境地には程遠いよ」

「命がけで?」

「そう、命がけで。ここは戦場なんだ。みゆちゃんは歴史も得意なんだよね」

「いちお、そういうキャラではあります」

「信長、秀吉、家康の共通点ってわかる?」

「なんでしょう?」

「みんな名古屋出身なんだよ。偉大な英傑を産んだ名古屋。私の生まれ育った街。私は名古屋の強さを全世界に発信したいんだ。私が一番尊敬する信長公は強いだけじゃなかった。『人生50年、化天のうちにくらぶれば……』」

そういってジュリアはみゆの目をその流麗な切れ長の目で見る。

「『夢幻の如くなり』。『敦盛』っすね」

「センチメンタルだと思わない?」

「ノブ様は歌や踊りが大好きで、時には一人で夜の野原に立って笛を奏でる、そうして戦士たちの魂を癒そうとする、そんな風流の心も備えていたといいますね。」

ジュリアはにっこりと頷いた。

「みゆちゃんなら知ってると思うけど、このケテンというのは天から下る、という意味じゃなくて、化楽天という意味だと言うね」

「知らなかったっす!」

「私はどっちでもいいと思うんだよ。どのみち、せいぜい人であるのは50年、という意味」

ふぅむ、とマコが口をへの字にする。ジュリアが二人に向かって言う。

「人生50年、でもアイドルは5年だよ。たった5年」

ハッとするみゆとマコ。ジュリアは微笑を浮かべながらタオルで汗を拭う。

「そう言いながら私はもう8年目。11歳からやってて、成長物語は全部見せつくしちゃった。ファンからはとっくに飽きられてる。私もそれはわかってる。賞味期限切れという声があるのもわかってる」

そういってジュリアは目のあたりをそっと拭った。

「そんなこと……」

「拭い難い現実ってやつ。11歳の可愛さにはさすがにかなわない。だけどファンのイメージにあるのはその頃の私なんだ。なぜアイドルに?って話だったね。美しくなりたいからだと言ったけど、本当のところアイドルに答えはないんだ。求められる限り走り続けるだけだよ」


「みゆちゃんは?」

「私は……」


カイトとの出会いから今日までの日々がみゆの脳裏を駆け巡った。

カイトと過ごした夜。一緒に浴びる朝の光。そしてみゆはエプロンを裸身につけてキッチンに立つ。

なぜにそんなことしなければいけないのか?わからないけどカイトは嬉しそうに見ている。それを背中に感じると、みゆの身体はジリジリと熱くなる。


『原作:菅原海人 アクトレス:もうすぐ菅原になる柊みゆ』

そう言って書き上がったシナリオをみゆに手渡すカイト。

『『柊みゆ物語』……これは俺とお前の作品だ』

「同じです。求められる限り走り続けたい。私を求めてくれる人の、喜ぶ顔が見たいからです」


コンコンコン!給湯室の扉を誰かがノックする。

「ジュリア、ここにいるのか?」

「はーい!女子トーク中に何の御用でしょうか――!」

ジュリアがおどけながら応える。ガチャリとドアを開けて恰幅のいい中年男が入ってきた。

男の名は門倉という。

ジュリアのタニマチ(個人的スポンサー)である名古屋の実業家が経営する企業の部長である。

「ちょっといいかな」

ジュリアがみゆとマコに小声で囁いた。

「ケッフェイだよ」

舞台裏を知らない人間が現れた時『聞かれるな、注意しろ、話題を変えろ』という意味である。

みゆとマコは目で頷いた。

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