16。てっぺん
「おっ、来た来た。」
ちょうど呼びに行こうと思っていたところだと舞台監督の今井が声をかけてきた。
「なんだなんだおふたりさん、そういう関係になってるのか」
手を繋いで入ってきたみゆとマコを見て「ミヨマオ」こと三好真央がヒューッと冷やかした。
「愛の語らいをしてたんだよね」
マコの言葉にみゆが頷く。集まってきた若手たちの輪ができる。
みゆと「セット売り」されておりビジネスながら親友設定のユーラこと大野夢羅、またみゆと同期でありビジネス天敵設定のココリンこと内元心美も駆け寄ってきた。そしてなんとなく近寄りがたかった「本店センター候補」小比類巻真子とみゆを通じて打ち解けることができた。
その輪を遠目にみていたミルルーとリーナ。そしてアンズこと石津杏奈が顔を見合わせあった。
「続けるよ」
ミルルーは周りにいた若手たちに言うと練習を再開した。アーヤが心配そうな顔で見ている。
ミルルーはアーヤの頭をポンポンと叩いた。
「心配せんでええ。うちらプロやから。それはそれ、や」
マコが監督に言った。
「みゆがお腹痛いのです」
「なんや?変なモン食べたんか?」
みゆが言った。
「いやはや、月のものが遅れとるんですわ。来そうで来ないんです。一番むかつく状態です」
「妊娠しとんちゃうか!ええ!?」
監督のセクハラジョークに若手たちは屈託のない爆笑である。
「マコリン先輩の子が入ってるんです」
みゆはさらりとかわす。
「給湯室でヤッとったんかい!」
マオが突っ込むとまた爆笑である。
ターンの練習をしていたミルルーが動きを止めるとその輪に近づく。
普段と異なる緊張感にメンバーたちも思わず身体をこわばらせる。
「笑いごっちゃないかもよ?」
ミルルーはそう言うとみゆの額に手を当てた。
「熱はホンマみたいやね。しんどいんやったら家で寝とってもええんやで」
「ちょっ、どうしたのミルちゃん?」
「マコちゃんもなあ、あんまり『なにわっ子』を甘く見んでほしいねん」
「見てないよ!」
「みゆもさ、こんなくらいでポジ代えてほしいだの、そんな眠たいゴジャ言わへんよなあ?」
端正な美貌に笑みを浮かべているもののミルルーの目は笑っていない。
「ちょっとミル!」
リーナがミルルーの腕を引っ張る。その手をほどくとミルルーは言う。
「ちゃうねん。うちはマコちゃんにもジュリアさんにもガチの『なにわっ子』を見せたいねん。」
アンズとアーヤも駆け寄ってきた。
「みんなも笑ろてる場合ちゃうで!痛いの眠いのゆうのはこっちの事情や。それでも笑ってみせるのがアイドルゆうもんや」
監督がなだめる。
「まぁまぁミル、そういうなや」
「こんなこっちゃから、『支店』言われるままやねん」
そうしてミルルーはみゆの方に向き直っていう。
「ほんましんどいなら家で休んどってええで。タクシーでちゃっと帰ったらええねん。お腹の子のためにもね!」
「ミル、あんた、ええかげんにしときや」
割って入ったサーヤ。みゆが言う。
「キャプテン、いいんです。ミルルー先輩の言うとおりですから。監督、私のポジ変とかはいりません。なにわっ子魂でやりきります!」
ミルルーはそれを聞くとみゆを一瞥してから持ち場に戻っていった。
「いやはや、バッチバチだね」
マコが苦笑する。
「ミルルー先輩もグループのことを思ってのことっすから。」
おどけてみせるがみゆの目も笑ってはいない。昨日の夜のこともある。
みゆとマコを加えての全体練習が再開された。
「ミルちゃんはああ言ったけど、それはそれ、だからね。私が全力カバーするから」
「ありがとうっす。それよか、ジュリアさんはいつ来るんでしょうね」
詰められる部分のMCは打ち合わせしておかなければならない。
『国民的アイドルグループ・チームなにわっ子単独公演
~時は来た!それだけだ!ごちゃごちゃいわんと誰が強いか決めたらええんや!』
そう銘打った今回の公演テーマは「うちらの時代」である。「なにわっ子」絶対的センター・山本サーヤに挑戦する次期センター候補「ビッグ4」白滝美留・美濃楓子・四谷渚・薮本葵。そこに殴り込みをかける新鋭柊みゆ・大野夢羅という構図がライトアップされていた。
次期センター候補本命が白滝美留であることは微動だにしない。しかし美濃・薮本は進学による卒業が噂されており、実力者の四谷は男友達とのツーショットが流出(本人はただの友人だと主張)したために勢いを落としていた。そのためファンの間ではこう言われていた。「白滝美留と柊みゆの一騎打ち」であると。
そしてここに「なにわっ子」特有の事情が色濃く因縁の影を落としていた。白滝美留は1期生であり今年25歳になるベテラン山本サーヤと同期である。実際はベテランでありながら加入年齢が12歳であったために現在でも若手とされる18歳。これに挑戦する柊みゆは加入年齢が17歳であったために若手と呼ばれながらも19歳である。
歌とダンス、美貌とグラマラスボディという王道路線、「剛」のミルルーに対して、美貌ではひけをとらないものの「哲学」「ラップ」「麻雀」そして「ぶっ込み」「炎上」というキャラで話題を獲得し、巧みなMC術で「爆弾娘」としてアピールに成功し、センター候補の地位を掴んだ「柔」の柊みゆ。
白滝美留はそんな柊みゆが面白くない。「なにわっ子」創設メンバーとして是が非でも「てっぺん」を獲らなければならない。外様の東京モンに譲るわけには行かないのである。
しかしみゆにも自負があった。名門高校を中退し、アウェイの大阪に乗り込んで地獄のレッスンに耐え抜き、トーク術を徹底的に磨き上げた。それはみゆの努力の成果である。そしてみゆにもまた「てっぺん」を獲らなければならない確固たる理由があった。
「大丈夫!」
自らの汗で足を滑らせ転倒したみゆに駆け寄ろうとするマコをみゆはそう言って強く制する。
(カイト。私負けないから。女のてっぺん獲ったるからね!!)
その時バーンと扉が開いて颯爽と駆け込んでくるメンバーがいた。
「おはようございます!松下ジュリアです!」




