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14。踊るタヌキビーム

みゆとマコは手をつなぎながらホールに向かう廊下を歩いた。

「今日はさ、私もすごく緊張してるんだ」

「そうは見えないっすよ」

「よく言われるんだよね」

そう言うとマコはふーっと息を吐いた。

「本当の私ってなんだろうってよく思うよ」

「え!マコリン先輩でもそんなこと思うんすか!」

「そう言うと思ったよ」

「若手もよく言いますよね。今日のライブでは本当の自分を出すことができた、出すことができなかったって」

「私は若手並かい!(笑)」

「永遠の悩みっすよね。モノクロの場合はキャラ設定も全部オトナが決めてくれるけど、うちらは自分で決めなきゃいけないですから」

モノクロとは『国民的アイドルグループ』のライバルである『モノノフ・クローバー』のことである。『オトナ』とは運営の偉いスタッフ達のことである。

「全部自分で決められるわけじゃないけどね。実際アドリブ決めようと思ったら、こうやって事前に打ち合わせておかないと事故になるわけだし」

「そうっすね。若手はそこがわかってないから本当にアドリブ仕掛けてお客さんを置いてけぼりにしてしまう。事故っぽく見せるのは大事だけど、本当の事故にしちゃダメです」

「そこはケーフェイだからね」

ケーフェイとはケッフェイとも言われ、『フェイク』の後ろ読みであるという説もあるが語源は不明の業界用語である。アイドルの『わちゃわちゃ』や『アドリブ』には事前の台本や入念な打ち合わせが存在するが、そういった裏側の事情はモノになりそうな有望な若手にだけ密かに教えられるのである。

「ダンスのパートでは私が全力フォローするからさ。イマイさん(舞台監督)にも話してフォーメーションもちょっと代えてもらおう」

「助かるっす」

「みゆには恩があるからね」

そう言ってマコはみゆの手を握った。

正統派として売り出されたマコは自分の殻を破れずに悩んでいた。キャラ展開に行き詰まっていたのだ。ファンから『タヌキ』と「イジられる」こともプライドが邪魔して許容できずにいた。数ヶ月前にマコ達「チーム・レジェンド」のラジオ番組に姉妹グループ『なにわっ子』の柊みゆが参加したときにも一種異様な空気があった。見えない壁を作って打ち解けようとしないマコ。番組が中盤を迎えた頃だ。

マコが台本どおりに言った。

「なにわっ子さんのメンバーさんたちには一人ひとりキャッチフレーズがありますよね。あれいいなーって思うんですよ。みゆちゃんにもあるよね」

「みゆみゆビームであなたをメディケア、ビビビビビーっ!」

みゆがフリをつけて『ビーム』を出すとマコ以外の若手メンバーは手を叩いて大ウケだ。しかしマコだけはフッと笑っただけだった。そしてまた台本通りに言った。

「うちら「レジェンド」も何かそれぞれ作ったほうがいいよね。私にはどんなのがいいかなあ~」

みゆはテーブルを両手で叩いて言い放った。

「それがいけないんすよ!マコ先輩の世界を小さくしている!!」

台本にない言葉だった。

「マコ先輩はタヌキなんすよ!タヌキ!伸び悩みエースのタヌキビーム!これで行きましょう!」

「ちょ……、タヌキってww」

若手メンバーたちはマコの顔とディレクターの顔を交互に見やって小さく苦笑いだ。

「タヌキなんですよ!タヌキ!タヌキがカッコつけて人を化かしてるんです!!」

みゆが畳みかけると抑えきれなくなった若手たちが爆笑。スタジオは爆笑に包まれた。

こうなるとマコもお手あげだ。もうカッコつけていられない。

「いやあ、よく言われるんだよね。だけど公式の場でこうやって面と向かって言ってくれたのはあんたが初めてだわ」

「タヌキは何にだって化けられるんですよ!無限の可能性があるんです!」

ディレクターがすっとリスナーからのメールを差し入れた。このやり取りを聴いていたリスナーがさっそく「ネタ」を送ってくれたのだ。

「あ~ん、んだよこれぇ~」

マコは不機嫌そうにメールを読む。

「えっと、東京都大田区、ファイナルコブクロさんから。なんだよこのラジオネーム。まぁいいや。『はい!山から降りてきましたポンポコタヌキのポンポコリン!私、小比類巻マコリンのぉ~!』」

そこに続けてみゆが「ドナリ(合いの手)」を入れるように読み上げる。

『ピ~ヒャラ・ピ~ヒャラ!踊るマコりーん!!』

スタジオは爆笑である。マコもつられて笑ってしまう。

リスナーからも「ワロタ」メールが続々届く。

「んだよこれぇ~!おもしれーじゃねーかよー!」

「タヌキ認めるんすね!」

「あーん!?タヌキは何にでもなれるんだろ!なってやろうじゃねえかあ―!えーい!ポンポコタヌキビ――ム!」

爆笑のままCM入りした後マコはすっかりみゆに打ち解け、後半の放送は更に盛り上がった。


「あれから私ずいぶんラクになったんだよね。……あれはさ、ガチのアドリブだったよね?」

「いいえ、台本ですよ。私はアドリブなんてできません。台本あっての私です」

「あれも事前に用意していたわけだ!?」

「勿論そうです。言ったら面白くないから黙ってました」

「へー、あんたすごいね。作家の才能あるんじゃね?」

みゆは『台本』を書いたカイトの言葉を思い出した。

(『打ち合わせしたら面白くなくなるから黙ってろよ。マコは必ず乗っかってくる。』)

それからマコのほうを見ていった。

「マコリン先輩が上手に乗っかってくれたからですよ。ありがとうございます」

それからマコの手をぎゅっと握った。ニッと笑ってマコも握り返してきた。

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