第四十二話「シロ」
「シロ?」
「......?」
イブと二人で顔を見合わせる。怪訝そうに眉を顰めていることから、やはりイブにも心当たりはないらしい。
随分と見覚えのある赤髪を揺らしながら彼女は話し始める。
「覚えてる?初めてあなたと出会った時のこと。あの時は本当にびっくりしたんだから。ピクニックの時は楽しかったわね。あなたがあんなに料理できないなんて知らなかったわ。アクセサリー作りも楽しかったわね。二人で鉱山を吹き飛ばそうとした時の部下の慌てようは今でも笑っちゃうわ。それからそれから――」
「お、おい待ってくれ。人違いだ。俺たちはその人とは関係が――」
「だから私はあの時止めたのよ。まあ私も賛成したけれど」
話を遮って止めようとするが、それをさらに遮ってまで会話を進める。
なんだこれは。こちらの声が聞こえていない?
急な思い出のマシンガントークに戸惑う。それは共有できる人がいて初めて成立する会話だろう。
しかし、彼女は口はそれでも止まらなかった。まるでこちらの声届いていないように一方的な会話を進めていく。
そこで何となく察してしまう。これは一方通行の置手紙に過ぎないのだ。
俺たちが聞いていいものなのか、他人のもの覗き見るというのはいろいろと思うところはある。
しかしまあ、誰にも見つけられずに消えしまうよりはマシなのではないか。
そんなことを考えながら、とりあえず俺とイブはその場に腰を下ろした。
ようやく満足したのか、およそ三十分間話し続けた彼女は一度口を止めこう言った。
「ごめんなさい。今の私は魔力の残滓に過ぎないの。だからもうあなたと会話することはできないわ」
最初に言ってくれと思わないでもない。
先ほどまで勢いはどこへやら、下をうつむく彼女は後ろめたそうに視線を上げようとしない。
しかし、見れば見るほどリリィーにそっくりだ。
あの本の置いてあった場所、それからこの高度な魔法技術はやはりこいつが――暫定、初代魔王。
「あなたの世界ではホームビデオって言うんだったからしら?使い方はあってる?今となっては分からずじまいね」
それをいうなら映像記録だろう。
というかホームビデオね。その言葉を教えたシロなる人物は俺と同じ異世界人か?
「あなたは怒っているのかしら。私一人で神のもとへ向かったこと」
「は?」
唐突な爆弾発言に今まで黙って聞いていたはずが、思わず声が出てしまう。
いや待て、落ち着け。確かあの本に書いてあった。勇者と魔王は神に世界平和を望んだと。
まさか直談判とは恐れ入ったが。
シロってのは初代勇者その人か?白の勇者=シロというのは安直すぎるだろうか。
「聞いてシロ。やっぱり私たちの仮説は正しかった。この世界の人々は魔族と人間が戦争するよう神に意識操作されてる」
「意識操作だと!?」
「......」
核爆弾を上乗せするな!そんな重要そうなことを教えて俺たちにどうしろと?
「そんなことが......!」
可能なのだろう。俺の持つ称号《転生者》が最もたる例だ。あの神につけられたこの称号は、今や俺の人格を象る主要パーツとなっている。
大罪系スキルも似たようなものだろうか。
それと同じような処理をこの世界の人々につけているとしたら?
しかし、シオンやリリィーがそんな影響を受けているようには見えない。なぜだ?
いや、そうか。シオンは今や半人半魔、人間としても魔族としても影響を受けない。
ならリリィーは?同じような理由がある?精神力とかも関係あるか。
違うな。それもあるかもしれないがそれだけじゃない。
よくよく考えれば四天王組や、俺たちが作った街に住む人々も互いを受け入れている。意識操作には何かトリガーとなるものがある?
もしくはこの話が全てデマである可能性。
「あー、イブ。一応聞くんだけど何か知ってたりするか?」
「私が顕現したのは500年前......。初代魔王の生きた2000年前......どの神が関わっていたのかもわからない......」
「まあ、そうだよな」
すぐに天界を追い出されたという話だし他の神との交流も薄かっただろう。
こればっかりは仕方ない。
俺があったことのある神はイブを除いて一人。
あの爺さん神に悪意はあったか?
ダメだな。わからん。
「結局何も変えられなかった。初めて力がもっと欲しいと思ったわ。今まで力なんていらないと言っていたのに都合が良すぎかしら?」
「そんなことはない......」
憂いを見せる幻影に向かい、イブが答えた。
初代魔王の姿が魔力の粒子となって崩れていく。それにつられて周りの景色までもが空気に溶け込むように散り始めた。
そろそろ時間のようだ。
部外者とは言え最後くらい何か言ってやるべきだろうか。
「お疲れさん」
「おつかれ......」
最後に見た彼女の表情は、これが2000年前のものとは思えないほど強い意志が感じとれた。
「待っていてシロ。今度はきっと二人の力で!」
知らない天じょ――
あれ?やけに天井高くね?
部屋が薄暗いオレンジ色に染まっている。
夕暮れか。いったい何時間眠っていたんだ?
視線だけを動かし周囲を確認する。ソファーに座るクロメリアと目が合った。
「頭が高い」
「お前が低いんだよ」
寝起きの声とやる気のないツッコミが交差する。
なるほど、言われて気づいた。どうやら俺は床に寝ていたらしい。
床の埃が付いたコートを軽く払いながら立ち上がる。
「イブはどこに――って、おっと」
大きくなりかけた声を抑えようと、慌てて口を手で押さえる。
座るクロメリアの太ももを枕に、ソファーにはイブが眠っていた。
クロメリアが人差し指を口に当て「静かに」という合図を送ってくる。
もうちょっと早く教えろだとか。シオンとリリィーはどうしたとか。
それからなんで俺だけ床に放置なんだと言いたいことはたくさんあるが、緊急事態と名付けられそうなものは今しがた終えてきたばかりだ。
事後処理くらいのんびりやっていても怒られはしないだろう。
クロメリアの対面にあるソファーに腰を落ち着ける。
うん、やっぱ床で寝かせられる必要ないよね?ソファーの空きあるじゃん。
「俺の膝枕役に立候補する奴はいなかったのか?」
「イブが一緒に寝ちまった以上、選択肢は魔王か勇者の二択になるが?それともオレ様にしてほしかったか?」
「なんだその究極の二択は。なんかお前にだけは絶対にされたくない」
イブを起こしてしまわないよう、お互いに小声で話し合う。
最後は拒絶を鼻で笑われた。
「で、その二人は?」
「お前らが引っ掛かったようなものが他にもないかの調査だな」
「確かにこれが一つだけとは限らないか」
あの強制力では四天王組に対処は難しいだろう。もしそれが命に関わるものであった場合非常にまずい。
明確な殺意のあるトラップがないとは言い切れないからな。
「よし、じゃあオレ様はあの二人を呼んでくる。お前が起きたってことはイブもそろそろ起きるだろ。膝枕変わってくれ」
「何更っと難易度高いこと言ってんだ」
寝てる人間の膝枕を交代ってどうやんだよ。
わざわざスキルを並列起動させながら二人三脚で突貫工事をする。
何してんだ、俺たち。いや出来たけどよ。
「ではではごゆっくり~」
背を向けながらひらひらと手を振るクロメリアが遠ざかっていく。出ていく時、本棚から一冊かすめ取っていったが見なかったことにしておくか。いちいちツッコンでいたらキリがない。
「......そういえば、あいつ何があったのか聞いてこなかったな」
まあいい、どうせ事情説明は後で全員にしなければならないのだから。
二度寝でもしておくか。




